Activity 伊藤 東凌

アシタネプロジェクト公式アンバサダー 伊藤東凌氏 インタビュー #1

京都を代表する寺院『建仁寺』の塔頭寺院「両足院」の副住職である伊藤東凌さん。
株式会社ティーアンドエス 代表取締役/アシタネプロジェクトプロデューサーの稲葉繁樹とかねてから交流があり、この度、アシタネプロジェクト公式アンバサダーとして、アシタネプロジェクトの活動に参画いただくこととなりました。
伝統と革新を大切に活動されている伊藤東凌さんに、これまでの生い立ちから、現在の活動内容、これからの未来への考え方について、お話を伺いました。

恩師から学んだ教育の力

──まずは、伊藤さんの現在に至るまでの生い立ちを教えてください。

祖父の代から続くお寺に生まれ育ちました。小学校5年生で出会った恩師がきっかけとなって、教育というものに漠然と興味を持ち始めました。その時の出来事がその先、そして今の自分自身の考え方にもすごく繋がっています。

──印象に残ったエピソードがあったのでしょうか。

小学校5年生のときに、学校で「面倒だな」って思いながら書いていた日記で笑いをとろうと思って、蚊に刺されたことを書いたんです。蚊への文句を書いているうちに「ちょっと待てよ、僕が今日食事をしたように、蚊もただ血を吸いたかっただけなんだ」という考え方に変わりました。
「今度蚊に刺されたら薬を塗る。その思考に切り替えることにしました。」……そう書いたら「伊藤は多様な目線を持っている」と教室で先生に褒められて。
先生がこれを教室で言うことで他の生徒を伸ばそうと思ったのか、私を伸ばそうと思ったのかはわからないですが、考え方を褒められることは今まで無かったので、走って一番になるよりも嬉しくて。この考え方はやめないでおこうって思ったんです。
この出来事が僕の目を開かせてくれた、教育の力だと思っています。「先生、覚えてる?」って、先生を取材したいくらいです(笑)

それから、高校生のときに同級生の家庭教師をしていた時期があり、大学卒業後3年間は禅の修行道場に籠りきりでした。その後、塾講師を始めますが、経営の意向を汲み取りながら仕事をすることにジレンマを感じ始めて、お寺一本でやっていこうと思って塾を辞めました。

伝統を守りながら見据えるお寺の未来

──伊藤さんは2008年から座禅とヨガを組み合わせた体験を始めていますよね。

そうですね。実は、塾での経験が私のお寺での取り組みに大きく影響しています。 お寺での体験は塾の体験入学等のメソッドを取り入れてスタートしているのですが、当時、座禅×ヨガは無かったと思います。僕自身、体が硬くて座禅が苦手だった経験から、修行中に座禅とヨガを組み合わせた体験を提供していこうと案を持っていて。
実際にスタートした当時は批判もありましたが、体と心のアプローチの両方を取り入れたほうがいいのは間違いないと思っていたので、信念はぶれなかった。2011年あたりからこうしたお寺での体験がどんどん広まっていきました。お寺でアートを取り入れ始めたのもこの頃だったと思います。

──それは何かきっかけがあったのでしょうか。

2010年頃に所蔵品の複製品を作ってみたのです。スキャンや印刷技術の進歩に驚くと共に、こう思いました。お寺こそがクリエイターたちが集まり、芸術の源泉となる場所だったのではないかと。お寺に複製品を展示することによって、新しいものは受け入れません、という意思表示に見えてしまった。もう一度、以前のお寺のエネルギーを取り戻したいと思って、伝統に理解のあるアーティストと組んでお寺で展覧会を開いたり、京都の焼き物を再び盛り上げるための活動をしたり。現代のアート表現にどんどん挑戦するお寺でありたい、という方向に向かいました。

小さな行動変容が明日の意識を変える

──そして今、新しいプロジェクト「是是(XEXE)」がスタートしていますね。
“明るい未来を目指し、禅が育む美と叡智を表現するプロジェクト”とあります。

私にとっての禅とは、「小さな行動変容が明日の意識を変える」これが“禅”だと思っています。例えば、靴を脱ぐとき。その靴の置き方ひとつで、人の話をしっかり聞くとか、丁寧な気持ちを持って人に接することができる。
「是非とも」という言葉はよく使われていますが、考えてみると「白黒ある」というように捉えられます。自分自身が何かを届けたいと思ったときには、三方良しどころか八方良し、未来、文化、地球環境にとっても、絶対に全方面にとっての“是”を考えていきたいという思いがあって。「是是(XEXE)」は名称でもあり、スローガンでもあります。

──「是是(XEXE)」にはいくつかのテーマがありますね。どういった思いから始まっているのでしょうか。

ひとつは食をテーマとした「緒是」があります。“緒”は糸口という意味で、古くから日々細かな変化に気付くことを“情緒”と言われていました。小さな変化を喜ぶこと、今が幸せであること、そういった感覚を呼び覚ます一番の入口は味覚だと思っていて。
日本特有の“旨味”に気付き、素朴なところで幸せを感じることが現代人にとっては必要なことだと感じています。
そこで、伝統を重視して精進料理を体験していただくのがいいかというと、それだけでは無いと思うのです。伝統を大事に残していきながらも、丁寧に未来に繋げていく。そこに価値があると思っています。

もうひとつはアートをテーマとした「忘是」があります。“忘”はあまりポジティブに使われる言葉ではないですが、ここではポジティブに使っています。普段の自分の枠を忘れる、己を忘れる。仏教では忘己利他(もうこりた)と言って、自我を忘れて、他者を利する。つまり、真の思いやりを持つ事や他者の目線に立つ事から発見する喜びを味わうことができる。
掛け軸やふすまが当時のアートだとすると、現代はアートの表現方法が進化しています。アートやテクノロジーで表現された空間で五感を駆使して、耳が開かれたり、見えていなかったものが見えたり、臭いを感じられたり。

現代のアートや最先端のテクノロジーを取り入れた空間で、人間のアナログな感覚を引き戻す。そして、小さな変化に気付くことで得られる豊かさが「是是(XEXE)」のメッセージだと思っています。

ビジョンを描き理想の未来を実現する

──未来や夢、というと少し遠い感じもしてしまいますが、日々の小さな気付きや変化が明るい未来をつくっていくわけですね。

そうですね、ものすごく小さなところから大きなところに繋がる、ということは信じています。ビジョンは「こうなっていてほしい」という光景で、夢はまたその先にあるものです。 子どものときはみんな自然とビジョンを描いているんですよね。自分が大きくなったら何になりたいとか。それが大人になるとどんどん視野が狭くなってきて、気付けば足元ばかり見ている……ということはよくあると思います。

足元を見過ぎずに顔を上げる、姿勢を正す、遠い景色や空を見る、そこに何が映るか……他の人がどんなビジョンを持っているか興味を持ち始め、自分とリンクしていると気付くことがあります。夢は自分だけで持つものではなく、ビジョンを描き、人と語っている間に見えてくるものなのかなって。これを意識的に続けていくことで、より良い社会を作ることや地球環境を良くすることにも繋がり、理想とする未来を実現していけると思っています。

つづく

伊藤 東凌(いとう とうりょう)
両足院副住職

禅が育む美と叡知の探求プロジェクト「是是XEXE」を主宰する。
田畑、食、庭園、建築、サウナ、セルフケア、レジデンスなどを再構築して“質”を取り戻す集落としての寺を設計中。

2020年4月 オンラインクラウド坐禅「雲是」を立ち上げる。
2020年7月 禅瞑想アプリ「InTrip」をリリース。
2020年10月 地球環境改善を実現する「アシタネプロジェクト」公式アンバサダーに就任。


インタビュー/構成 Kazue Mitome