INTERVIEW

三枝 信子インタビュー

Nobuko Saigusa

三枝 信子

埼玉県出身。国立環境研究所地球環境研究センター長。
地球温暖化をはじめとする気候変動、温室効果ガスの地球規模の循環、陸域とくに森林による二酸化炭素吸収・放出などについて研究している。

地球規模の環境問題の様々な研究に取り組んでいる国立環境研究所三枝信子センター長に、地球温暖化によっておこる問題や課題などを中心にお話いただき、解決するために 一人一人が心がけることや企業が取り組むべきことを伺いました。

──三枝さんがセンター長になるまでの経緯をお聞かせください

学生の時は気象学を専攻していたのですが、私はあまりペーパーテストが得意ではありませんでした。国家公務員試験に落ち、それで大学院に行きました。
大学院を修了しても、当時は気象学を専門とする研究室のある大学は少なかったので、すぐには就職できなくて、なんとか筑波大学の生物科学の分野で任期付の助手になりました。
よく若手研究者のポストが不安定で生活が苦しいということが問題になっていますけど、私もその道に入って多くの人と同じ経験をしました。
筑波大学では、専門は違いましたがちょうどよく学内プロジェクトに拾ってもらって、そこで助手の時代を過ごしました。学生さん達と一緒に卒論の研究を行ったり大学院生の修士論文を手伝ったりしながら自分の勉強もして、学会活動もして。ただそれも任期付だったので、次は伝統的に大気汚染関係の研究をしていた当時通産省の研究所に研究員として入りました。
そこでやっと任期のない研究員として安定して給料もらえるようになりました。それから森林が大気中の二酸化炭素を吸収する速度を測るという観測を海外のグループと立ち上げるということになり、ちょうど人手不足であったのでそこに入って10年くらい働きました。
そのうちに同じつくば市内の国立環境研究所の研究室長が定年退職することになり、専門の人がいなくなるから公募が出たのです。室長になると自分のグループが持てて若手も育てられるし良いかなと思って、応募をしました。室長を5年、副センター長を5年務めて、3年前にセンター長になりました。

──気象関係の研究をそもそもされていたとのことですが、もともとそういうことに興味があったのですか?

そうですね、季節が変わる様子や天気が変化するのを見るのは好きでした。台風が近づいて風が強くなると何が起こるかと思って外を眺めてドキドキしているみたいな子供でした。割と早いうちから気象庁ってカッコイイなと思っていました。天気図を書いて台風の進路を予測したりして。みんなの役に立つしいいかなと思ったのですが、試験に合格できずに大学院で研究の方に行きました。

──所属してらっしゃる「地球環境研究センター」についてお聞かせください。

地球規模の環境問題の研究をしております。特に地球温暖化をはじめとする気候変動を対象として、例えば地球温暖化の原因となる二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの循環などについて、多くの研究職員が研究しております。富士山頂や沖縄や北海道に観測ステーションを持ち、さまざまな温室効果ガスや大気汚染物質を観測している人たちもいます。ほかにも地球環境研究センター内には、日本や世界各地で人間がどれだけの二酸化炭素を出しているのか、森林や海がどれだけ吸収しているのかなどを研究しているグループもあります。世界の人たちが観測データや研究の結果作られたデータを使えるように、地球環境のデータベースを作っているグループもあります。
日本は世界に先駆けて温室効果ガス観測専用の人工衛星を2009年に打ち上げたのですが、現在はその2号機の観測が始まっており、さらに3号機の計画を立てているグループもあります。さらに、将来の気候変化を予測するためのモデルを開発したり、気候変化のリスクを評価するグループがあります。そして、国立環境研究所内には、地球が温暖化したあとの社会にどのように適応するかという課題に取り組んでいる部署もあります。

──センター内での三枝さんの主な仕事は何ですか?

地球環境研究センターには研究室が10室くらい存在しており、常勤の研究職員やポスドクと呼ばれる若手研究者、技術者やアシスタントスタッフ、他機関から来ている共同研究者、常駐業者さんなど総勢200人ぐらいいるのですが、その方たちができるだけ良い研究環境で過ごせるようにマネジメントしています。研究所は5年ごとに目標を持って研究を推進していきますので、ちょうど今は、5年ごとの新しい目標に向けた計画を作ったり、それを実行するために組織を少しずつ変えたりする作業をしています。
そのほかに、新しい研究者やスタッフを採用するために、良い人材を募集し選抜する仕事もあります。他にも環境省や文部科学省などのスポンサーから研究資金を得るための準備をしたり、そのためにいまどのような研究が必要とされているかを調べたり。研究成果を多くの人に知ってもらうための宣伝活動もします。優秀な人を室長に選出して、そういう旗振り役の人がさらに先へみんなを引っ張っていけるようにすることも必要です。
なんとなくのイメージですが、プロサッカーチームとかプロ野球チームを作ることに似ているように思います。チーム全体の仕事を円滑に進めて成果を得るという意味で。

──考え方的には組織論じゃないですけど、会社とかと共通する部分はあるんですね。

はい。共通していると思います。
普通の会社に比べると一人一人の専門性が高く、個性が強いです。ピッチャーはできるけどキャッチャーはできないとか、バッティング技術は高いけど別の何かがとても苦手とか。テレビでスポーツチームの監督のような方がインタビューで人材育成のことについて語っていると、つい聞き入ったりしています。

──今のセンター長としてのお仕事と研究を第一線でやっていた頃とどちらが良かったですか?

本当はこんなはずじゃなかったんです(笑)。定年退職するまで研究一筋で行くつもりでした。若い時に一緒に過ごした人たちが「あなたはずっと研究ばかりしていると思っていた」とよく言いますから、多分自分も周りの人もそう思っていたと思います。でも、自分一人で研究しているだけでは出来ないことも、多くの人達と一緒に取り組むことで出来ることもあるので、今は今で良いと思っています。

──三枝さんが2019年に講演したIPCCシンポジウム「くらしの中の気候変動」についてお聞かせ願います。まず、このシンポジウムの目的はなんだったのでしょうか?

IPCCというのは国連気候変動に関する政府間パネルで、数年から7~8年に一度、地球の気候変化に関する現状と予測、その影響などを包括的に評価して報告書にまとめて発表しています。2019年に環境省と気象庁が主催したこのシンポジウムの目的は、IPCCが発表した特別報告書の一つである「土地関係特別報告書」についてわかりやすく解説することでした。世界の陸域では産業革命前に比べて気温が既に1.5℃以上も上昇していることや、温暖化の影響を受けて洪水や干ばつによる被害が増えていることなど、報告書にまとめられた内容を説明しました。
IPCCの「土地関係特別報告書」の執筆には私も参加しました。2017年から約2年かけて編集作業が行われ、世界中から気候や植生や農業や土壌や社会システムなどのいろいろな分野の専門家が集まって執筆者会議を何度もおこない、世界の陸域における気候変動の現状やその食料生産への影響、農地から出る温室効果ガス、気候を安定化させるために何をすべきかなどを報告書にまとめました。報告書は英語でしたので、何が書いてあるのかをわかりやすく日本の皆さんに説明する為にシンポジウム「くらしの中の気候変動」が開催されました。

──その中で「将来の気温上昇を1.5℃までに抑えるシナリオ」とありますが、抑えなければならない理由はなんですか?気温上昇に伴う地球リスクなどの説明も交えて教えてください。

まず温暖化を早く抑えないと様々な影響が生じます。例えば、温暖化するに従って台風の強度やそれに伴う豪雨の頻度と強度が上がり、それによる被害は増えるだろうという事が考えられます。それからゆっくりですが海面も上昇し、それによって島嶼国とよばれる国などでは海岸が侵食されたり浸水の被害を受けます。高潮と豪雨が同時に起これば河口付近の街では水害にあう頻度が上がると思われます。他には熱波や干ばつにより山火事の頻度が増える等々の影響が予想されています。

──温暖化でどういう影響があるか。知らない人は多いと思います。特に台風や豪雨の規模が大きくなるなどは全く知らなかったのでこの記事をたくさんの方にみてもらって知ってもらうきっかけになればと思います。

これまで、研究所からの伝え方が十分でなかったことには責任を感じております。最近国立環境研究所から、温暖化について20分でわかるように解説している動画が公開されています。今のような話が要約されて画像とともにご覧いただけます。
【20分でわかる!温暖化のホント】地球温暖化のリアル圧縮版①
【ともだちに話したくなる!地球温暖化のリアル】第1回 地球温暖化のウソ?ホント?
【20分でわかる!じゃあ、どうしたらいいの?】地球温暖化のリアル圧縮版③

──土地関係特別報告書に温暖化を抑えるポイントが記載してありました。企業が取り組むべきこと、また一人一人が心がけることはなんでしょうか?

土地関係特別報告書では、陸域にある森林や農地を使って温室効果ガスの排出削減をする取組について解説しています。熱帯林をはじめとする世界の森林は、人間が大気中に排出した温室効果ガスの約3割もの二酸化炭素を吸収しています。吸収された二酸化炭素は樹木や土壌に炭素として蓄えられます。このため、森林火災を防いだり、違法な伐採によって失われる森林を守ることは、温室効果ガスの重要な吸収源を守ることにつながります。

次に、農業や畜産業による食料生産によっても温室効果ガスが排出されます。例えば水田からはメタンが出ますし、牛や羊などのいわゆる反芻動物の消化管の中からもメタンが発生します。窒素肥料からは一酸化二窒素という温室効果ガスが出ます。さらに食料を加工し、流通し、調理し、消費者に届けるまでの間にも温室効果ガスは発生します。こうした食料システム全体から発生する温室効果ガスは、人為起源の温室効果ガス排出量全体の21~37%にも達すると言われています。

いっぽう、2010~2016年に世界で生産された食料の25~30%は廃棄されたと言われています。これは世界に人為起源温室効果ガス排出量の8~10%に相当します。これらの食料は、せっかく生産したのに無駄になってしまっているわけですが、このような食品ロス・食品廃棄を削減することができれば、農業や畜産業による食料生産からの温室効果ガス排出も減らすことができますし、食料の輸出入を含む輸送プロセスから出る温室効果ガスも減らすことができますし、廃棄された食料を処分するためのエネルギーも削減できます。さらに、食料だけでなく衣類や紙や身の回りにある建築物の材料などを見ても、たくさんの物資が廃棄されていると思います。廃棄されるものを減らすということは、その製品を生産するプロセス、流通するプロセス、廃棄物として処分するプロセスで排出される温室効果ガスを減らすことにつながります。温室効果ガスの排出量を減らすということは、私達の身近な暮らしとも意外につながっているということを想像して頂けたらと思います。

──コロナが落ち着きましたら直接お会いしてお話しをお聞かせください。

もちろん対面で会うこともとても大事なのですが、脱炭素化のためには元の生活に戻らない道を探った方がいいかもしれないのです。私自身、新型コロナ感染症が拡大する前は海外出張に年に少なくとも3回も4回も行っていました。一番多い時には1年間に80日ぐらい海外にいました。オンラインで出来る仕事を増やし、そのための技術を良くすることで、例えば年に4、5回も行っていたような出張を1回にしてその1回で直接会ってほんとうに大事なことを話してくることが出来ると思います。そうすることが温室効果ガスの排出削減につながります。

インタビュー/構成 Yu Kondo