task 課題

ネパールでは「蛇口をひねれば清潔な水が出る」が当たり前ではない(前編)

パドマ・サンダール・ジョシ
Padma Sunder Joshi

国連ハビタット ネパール事務所長。
トリブバン大学工学研究院(都市計画および都市環境分野が専門)准教授を経て、2010年より現職。
1997年から2002年にはカトマンズ市長アドバイザー、カトマンズ首都圏計画審議会の委員も務める。

「人口増加に給水設備の普及が追いついていません」

かつては「水と空気はタダ」という認識があった日本人にとって、安全な水を入手するのが難しいという状況はなかなか想像ができない。しかし、問題は確実に存在する。ヒマラヤ山脈を始めとする高い山々に囲まれた国、ネパールでは以前から地理的な要因から水の供給が難しかった。そして今、人口増加と都市の発展とともに水質の悪化も加わり、問題はより複雑になっている。国連ハビタットのネパール事務所長に、ネパールの水問題について聞いた。

──ネパールの水問題が深刻だとお聞きしますが、日本人には正直ピンとこないところがあります。実際に何が原因で、どのような状況にあるのでしょうか。

水はネパールにとって最も必要な基本インフラになります。上水道、下水道を整備して、衛生的な水が誰でもいつでも手に入るのが理想ですが、残念ながら現在もそうなってはいません。ネパール政府は全国に質の良い水道水、飲料水を届けられるような給水システムを整備する機関を作り、水道の普及自体は随分進みました。

しかし、特に都市部においての給水システムを確立するのは大変難しい状況にあります。ネパールでは人口増加が著しく、都市部の人口増加率は年4%と高いですし、給水設備の普及がそれに追い付いていません。

首都のカトマンズがあるカトマンズ盆地周辺での水不足は本当に深刻な問題で、政府はカトマンズ北東部メラムチ川からカトマンズ市内に水を供給するために地下導水トンネルの建設および給水網整備の計画を立てましたが、20年以上たった今も完成していません。それにはいろいろ理由があるのですが、結果としてカトマンズの水不足はずっと続いており、給水パイプはあっても水が来ない状況が頻繁に起きます。6日に1日しか給水がないという地域もあります。これはカトマンズに限らず、ネパール第2の都市でも同じような状況です。

国際社会からの援助による開発事業もありますし、日本政府やJICA(国際協力機構)が安全な水を供給するプロジェクトを実施し、またカトマンズの地下水を給水にあてる事業も進行中ですが、今現在で水不足が深刻であることは変わりません。

もう一つの問題は水質です。つまり給水される水の質が管理されていない、浄化のシステムがきちんとできていないことです。飲用に使う上水道の中に下水や排水が混じってしまうことが全国的に起きていて、そのため蛇口をひねって水が出ても、それが飲用に適さない場合が多々あります。実際、ほとんどは飲めません。フィルターを通したり煮沸したりしてからでないと、とても飲めない。安全でない水を原因とする病気もかなり多いはずです。

またカトマンズや南部のテライという低湿地の地域には伝統的に雨水を溜める貯水池があったり、伝統的な井戸があったりするのですが、給水システムが整備されると、昔から使われている池や井戸の整備や管理をしなくなり、水質が悪くなったり貯水機能が失われたりしてしまうのも都市ならではの問題として挙げられます。

──大都市での問題が深刻とありましたが、地方の中小規模の街の状況はいかがでしょうか。

大きな都市よりも中小規模の都市や町では、小規模な分散型の給水システムがいくつもできあがっています。それは地域コミュニティの運営によるもので、政府に任すのではなく自分たちのコミュニティである程度のお金を出し合って投資していて、むしろそちらの方が成果が出ている場合もあります。かつて国連ハビタットでも中小規模都市のための水プロジェクトを実施したことがあり、それはコミュニティのスキルを上げて、水システムを自主運営できるようサポートするものでした。政府がいつ供給してくれるかに頼ることなく、自分たちで管理運営できる、サステナブルなシステムを目指したものでした。


一部写真提供:国連ハビタット
インタビュー/構成 Kenichiro Suzuki