task 課題

スリランカで花開いたソーシャルビジネス、視覚障害者に指圧を教えてマッサージ師に

石川直人 Naohito Ishikawa

「対話・自立・持続」をテーマに、そこに暮らす人々の生き方を大切にしながら支援を行うNPO法人アプカスの創立者。スリランカでのNGO活動の範囲に留まらず、ソーシャルビジネス現地法人などを設立している。

視覚障害者の社会進出、自立のために

我々が最初に手掛けたソーシャルビジネスが視覚障害者を雇用しての指圧院でした。NGO活動をしていると、農村などいろんなところで障害を持っている人に会います。視覚障害者の方とも会う機会があって、たわいもない会話の中で何をしているのかと聞くと、何もしていないんです。日本では整備が進んでいる点字ブロックや音声ガイドといったサポートがスリランカにはほとんどありません。家族の負担にならないよう家の中で静かにしていて、すると社会との距離も広がってしまいます。
スリランカにも各県に盲学校はあります。日本だと鍼灸師の技術を学ぶ職業訓練に行く流れがちゃんとできているのですが、こちらは遅れています。マッサージを教えるコースが一つだけあるのですが、あとは機織りのような30年前から時代が進んでいないような内容です。障害を持つ人に職業訓練はするけど、就職の機会を作り出す仕組みがありません。また、全体の仕組みを変えようとする大きな動きがないまま今に至っています。
「だから援助が必要です」という話なのですが、我々はソーシャルビジネスに繋げられないかを考えました。スリランカにはアーユルヴェーダというオイルを使った東洋医学的なマッサージの施術があります。それをやればいいんじゃないかと思ったのが最初ですね。最初はナチュラルコスメブランドのサポートをいただいて、視覚障害者がアーユルヴェーダのフットマッサージをやることを考えました。

事業としては2012年にスタートしたのですが、その間に出会いに恵まれました。鍼灸の指導を30年以上されて、リタイアして世界各国でボランティアで周り、マレーシアで3年間指導されて、インドでは国立のマッサージ師養成コースを立ち上げられた笹田先生です。笹田先生から「アーユルヴェーダも良いけど、視覚障害者がやるのであれば差別化する必要がある。普通の人ができるオイルマッサージではなく、日本式の指圧が良い。私が全面的にサポートします」と言っていただき、2012年の4月から最初はスリランカの視覚障害者2名で指圧院を始めました。『トゥサーレ・トーキングハンズ』が指圧院の名称です。『トゥサーレ』はアイヌ語で「癒す」で、『トーキングハンズ』は先生が常々おっしゃられていた、マッサージ師は手を通してお客様と対話するんだ、という言葉から来ています。
スリランカで指圧は馴染みがないので、最初はお客さんが来なくて大変でした。もう一つ大変だったのは、いかがわしいお店と間違われたことです。「本当にジャパニーズガールがマッサージしてくれるのか?」という電話がよくありました。そういう意味でも繁華街ではなく大使館などの多いエリアで店舗を借りたのですが、マッサージ店をやりたいというとその場で断られることもありましたし、家賃はかなり高額に設定されました。ただ、ちゃんとビジネスをするには信用が大事ですから、場所にはこだわりました。

軌道に乗ったところで爆破テロ、そして新型コロナウイルス

スタート時は1カ月でお客さんが5人しか来ないような状況で、指圧の練習にもならないので日本人に「タダでいいから」と頼んで来てもらっていました。サービスの認知が広がり、マッサージ師の技術が高まるまでは大変でした。それでも次第に皆さんに満足してもらえる施術ができるようになり、マッサージ師も増えて、オフィスに出張して15分のクイックマッサージをしたりだとか、そういうイベントのような仕事を増やしていきました。例えばホテルのヒルトンでは福利厚生で、500人ぐらいいる従業員に3日間かけてマッサージをしました。
IT企業が多いので大手企業に毎週マッサージ師を派遣したり、物流の会社にマッサージ師が週3日常駐して社員が使える制度を作ってもらったり、女性の日とか障害者の日に合わせて企業や省庁からイベントとして呼んでもらったり。そういった中でイベントで指圧を経験した人がお店に直接来てくれることも増えていきました。我々は視覚障害者が指圧師として活躍できることをアピールしたかったので、イベントのように人前に出る機会はできるだけ参加するようにしました。
最終的には収入の面でも視覚障害者が一般の人の2倍ほど稼げるようになりました。今はソーシャルメディアを皆さんが使うので、口コミなどの情報を見てお店に来てくれます。トリップアドバイザーの評価では、5つ星ホテルに入っているスパなどを抑えて3年連続のナンバーワンです。

東側のバティカロアから来たマッサージ師は病気で途中から失明して、ここに来た時は22歳ぐらいでした。少数派のタミル人なのでシンハラ語もたどたどしいし、英語なんて全くできなかったのですが、指圧だけじゃなく語学の勉強も頑張って、1年ぐらいで英語でお客さんに「どこが悪いですか」とコミュニケーションが取れるようになりました。来たばかりの頃は地元に残した子供が栄養失調気味だからと、粉ミルクなどを買うためのお金をサポートしたこともありました。その彼がマッサージ師として給料をもらって、明日から休みで地元に戻るという時に「息子の誕生日のお祝いをしに行く」と言って、プレゼントのラジコンカーを見せてくれました。結構高価なものだと思うのですが、援助してもらうのではなく自分で稼いだお金で彼はこれを息子にプレゼントできるんです。それは我々にとっても非常にうれしいことでした。
先生も渡航費から滞在費まで全部自腹で何年も来てくれていましたが、今では飛行機のチケットと滞在費はウチで出せるようになりました。もう少しで謝礼まで出せるぐらい、会社として利益が出そうでした。月に5人だったお客さんが500人を超えて、予約を断らなければいけない状況にもなりました。しかし2019年には爆弾テロがあって観光客が減り、新型コロナウイルスでこの1年ぐらいはほぼ休業状態です。首都のコロンボは感染者が一番多く、地方出身のマッサージ師たちは怖がって戻りたくないという人もいます。世界的な問題なので、こればっかりは乗り越えるしかありません。
今はお客さんが少しずつ戻って来るのを待ちつつ、残ったマッサージ師達の知識や語学力を高めるべく、オンライン授業を展開しています。将来的には指圧の国家資格を作り、誰もが認める指圧師を育成したいと思っています。スリランカのどこにいても仕事ができる、社会的地位も向上し、視覚の障害があっても自信を持って生きていける社会となるようにしていきたいと思っています。