task 課題

スリランカの農業従事者の健康問題と経済面を改善する、有機農業のソーシャルビジネスへの取り組み

石川直人 Naohito Ishikawa

「対話・自立・持続」をテーマに、そこに暮らす人々の生き方を大切にしながら支援を行うNPO法人アプカスの創立者。スリランカでのNGO活動の範囲に留まらず、ソーシャルビジネス現地法人などを設立している。

安全な食糧生産をしつつ、生産者の生活が豊かになる環境を

スリランカは、コロンボの中心部こそそれなりに都会ですが、ちょっと郊外に出れば田舎の風景が広がっている場所です。人口の30~35%が農業に従事していて、物流、販売なども含めて関連している人たちは60%を超えます。それでいて、農業の経済貢献度は全体の7%とかなり低いんです。まずはそこが改善できる点だと目を向けました。

そしてもう一つは、原因不明の慢性腎疾患です。特に北中部の農村地帯で非常に多くの人が亡くなっています。これは日本の大学も入って研究しているのですが、原因が解明されていません。それでも原因の一つとして、農薬由来の重金属が水を経由して人に入って、慢性の腎疾患を発症すると考えられています。前提として農薬の使用量や扱い方が適正ではないことがあるのですが、安全な飲料水がなかったり、設備や知識の問題により病気の早期発見ができなかったり、生活水準や教育の問題等、総合的な要因が重なり問題は深刻化しています。

日本だと産地直送で、生産者が直接消費者から注文を受けて物を送るのが一般的になりましたが、スリランカだと物流の問題もありますし、農家の人たちは仲買人に安く売るしかない状況でした。そこで我々は小規模な農家に有機農業を教えて、安全な野菜や果物を作ってもらい、それを高い値段で買い取ってコロンボで売る、という形を目指しました。

私はもともと北海道の酪農学園大学で農業の勉強をしていました。酪農学部でしたが土壌水質化学という研究室で、農業と環境の問題をテーマにしていました。牛を基本に農家の人たちがどうやって循環した社会を作れるか、という教育の影響を受けています。ただ、有機農業にしても熱帯地域のスリランカだと日本とやり方はかなり異なります。こちらの大学の先生や有機農業と活動をしている人たちと連携しながら事業を展開しています。

有機農業の生産物をどう売り込み、どのように市場を広げていくか

最初は全然上手くいきませんでした。多くの農家にトレーニングをしても、最終的に有機農業を選択する人はほんの一握りです。我々の考えを理解してくれる農家を少しずつ増やして、それに加えて4年前から自社農園も持つようになって、今では7県で約60軒の農家と取り引きしています。スリランカの中でも気候は様々なので、少し寒い地域では高原野菜やお茶が取れますし、乾燥地帯で取れるような野菜や果物も入ってくるようになって、あとは米やココナッツオイルと取り扱い品目が増えていきました。

一番最初は知り合いに声を掛けて買ってもらうところからのスタートで、それからコロンボに店舗を構えるようになりました。今は店に約400点の商品があります。規模はかなり大きくなりましたが、冒頭でも言ったように農業従事者がかなりの割合になる国ですから、60軒は一般的な市場の概念から言えば非常に小さいです。

今だとオーガニックの食品は、普通のものの2倍や3倍の価格になっています。日本だとそこまで高くないですよね。それは量が少ないゆえの物流コストの問題が大きいです。ビジネスとしてインパクトを出すにはまず数をどう拡大していくか。今は60軒の契約農家の数が600軒にできれば、『2倍か3倍』が『2割か3割』という価格帯になります。そうなれば、もっと多くの人が買ってくれるはずです。
大量に販売すること自体が必ずしも良いとは思いませんが、規模拡大はある程度は必要になります。私たちのソーシャルビジネスに共感して有機農業に取り組む農家を増やすこと。また有機農業の市場をどのように広げていくか。その両輪が課題となります。

自分たちの店で直接販売するだけでなく、スーパーや有機野菜の店にも展開できると思っています。そのために食の安全をアピールして国内需要を高めることも大事ですし、輸出も考えています。生ものを売るのはどうしても限界がありますから、例えばパイナップルやバナナはドライフルーツにするなど、加工品として海外の市場に売り込むことが必要になってきます。具体的に考えられるのはココナッツオイル、ドライフルーツ、モリンガ、スーパーフード系、スパイス、紅茶ですね。

環境への配慮で紙袋を使っています

数のインパクトを出す上ではスーパーに卸せると良いのですが、入れ始めたら毎週最低でも100キロは納入しないといけない、みたいな条件が出てくるので、現時点ではそのボリュームを確保するのが難しいです。またマージンが大きいし、支払い期間も遅い。もう一つの問題は、スーパーだと一つひとつパックしないといけないことです。ウチは環境への配慮で紙袋を使っています。有機農業と言っているのにビニール袋は使うことに抵抗がありますから。
先日は大手の市立病院に売り込みをしてきました。スリランカは公立病院に行けば医療がタダで、市立病院は富裕層や外国人が行くところです。私がアプローチしたのは産婦人科を中心に展開する病院で、院内に有機野菜を売るミニマートを出せないかと。ウチのお客さんを見ていても、他より高いお金を払って有機野菜を買うのは、圧倒的に「子供のため」という人です。そういった人たちがこの病院にはいるのではないか、金銭的に余裕があってお子さんのいる家庭が、安全な食品のファンにまずはなってもらえるのではないか、という考え方です。

また農家に目を向けると、農業人口の平均年齢が70歳を超える日本ほどではありませんが、スリランカでも同じようなことが起こりつつあります。今は若者が農業をやりたがらない、親も子に継がせようとせず、都会に出てホワイトカラーの勤め人にさせようとします。そういった状況を受けて、有機農業のトレーニングだけでなく、ITを活用したスマートアグリなども導入したいと考えています。インターネットやスマホは比較的普及していますから、有機農業に必要なデータをスマホで見たり、いつ作ればいくらで販売できるのか分かったりするようになれば、そしてよい収入につながれば、若者がもっと積極的に農業に従事することができるはずで、そうやって農業の活性化にもつなげていきたい思いもあります。

そして冒頭でお話した腎疾患もそうですが、現在この国ではがん患者が多くなっています。国立がん病院に行くと、小さな子供から大人まで患者さんが所狭しとベッドに横たわっている光景にショックを覚えます。毎年のように病院は拡張されているそうですが、それでも場所が足りない現状とのことです。全ての原因が食品とは言いませんが、大きな要因の一つであることは間違いありません。安全な農産物を生産し、それらを販売までつなげ、農民そして消費者の健康と幸せを守るソーシャルビジネスを展開したいと思っています。

文章/構成 Kenichiro Suzuki