technology ダムの真実 〜パタゴニア〜

日本においては、ダムを作ることは防災や水力発電の面からも、「常識」「当たりまえ」だと考えられている。ダムは必要か否かという声を聞くこともほとんどない。

では、世界に目を向けた時に、その常識はどうなのだろうか。

「エジプトはナイルの賜物(たまもの)」という有名な言葉は、ギリシャの歴史家ヘロドトスが残したものだ。これは、ナイル川が定期的に氾濫することにより、肥沃な土が大地に供給され、文明を育んだことを表している。しかし、その言葉は現在では失われてしまっている。その原因の一つが、かの有名なアスワンハイダムだ。ダムで洪水は無くなったものの、肥沃な土が供給されることもまた無くなった。川の氾濫が無くなったことで、雨が少ないこういった地域では、農業用水や地下水に微量に含まれる塩分が煮詰まり、塩害で作物が育たなくなった。ナイルの賜物は失われてしまったのだ。

ダムの建設に反対するボスニアの女性たち

また、アメリカでは、この20年でダムの撤去は珍しい行為ではなくなり、川の修復工事として一般化してきている。アメリカでダムの撤去に勢いがついたのは、ダムがサケの遡上を妨げていることがきっかけだった。また、水力発電もクリーンなイメージがあるが、実際はCO2の面からも川の水質の面からも地球に優しくないことがアメリカでは一般的になっている。貯水池の水面、タービン、放水路からはメタンガスが放出されているため、ダムは気候変動に悪影響を与えるのだ。

アウトドアウェアなどが主力商品のパタゴニアだが、環境活動に注力していることでも有名だ。環境活動に注力しているというよりも、環境活動のために会社があると言った方が正しいのかもしれない。同社では、実際に2018年にミッションステートメントを以下のように変更している。

【従来のMission Statement】「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」

【2018年以降のMission Statement】「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」
そんなパタゴニアでは、ダムの撤去に賛同し、ダムを撤去する映画なども作成している。

ダムネーションのプロデューサー:マット:ステッカー

日本も同様の課題があると思うが、ダムの建設推進に関しては、政治家と企業の癒着がある。ダムの問題を解決していくには、この政治家と企業の癒着問題からアプローチしていく必要がある。そのために、国民の意識から変えていくためにダムネーションの映画を作ったのだそうだ。

日本には現在約3,000基ものダムがある。類似の小さな構造物も含めると、その数は10万に迫るとも言われている。ダムが日本の戦後の復興と成長とって一定の役割を果たしたことは認められる。しかし、近年ではダムによって失われてきたものも明らかになってきている。ダムは川の生態系を詰まらせ、魚や野生生物の生息環境を壊し、水質を悪化させる。また、コンクリートは老朽化するため、ずっと維持することはできない。

日本にはいまも80にも上るダム建設計画がある。なかでも、長崎県東彼群川棚町に建設が予定されている石木ダムは、深刻な問題をもたらす可能性がある。治水については、川棚町長がダムに頼らない方法で洪水などの水害を回避できると公の場で明言しているのだ。

では、日本ではダムが撤去された事例はあるのか。実はこれまでなかったのだが、最初の事例として熊本県の荒瀬ダム(1955年竣工。水力発電を目的に建設された)の撤去が行われ、環境が戻る経過の観察も行われている。河川を分断していたダムが無くなれば、自然の水循環が戻り、川の上流下流を行き来する生物が生息できるようになる。また、自然の土砂や養分が供給されることによって河口付近の海岸浸食も止まり、汽水域や海洋の生態系も回復していく。

ダムが撤去されたあと、淵や瀬が戻って、「川」の表情を取り戻した球磨川
荒瀬ダム湖の水位が下がると、流れが戻った支流は水も澄み、子どもも魚も戻ってきた

熊本県のアサリの産地偽装問題では、偽装したことだけクローズアップして報道していたが、その背景でアサリの漁獲高が何十分の一に減少してしまっており、生態系をどう戻していくべきかといった議論はあまり見られなかった。こういったダムが日本全国に建設されたことで、生態系にダメージを与え、ダムが建設された頃から時間が経過すればするほど、より問題は深刻になっている。
私たちは、本当にダムが必要なのか、今一度考えるタイミングに来ている。

小野 誠(環境コンサルタント)

小野 誠(環境コンサルタント)

大手通信販売会社を経て、インターネットビジネスのベンチャー企業の立ち上げなどに携わる。息子が生まれたことにより次世代に残す地球環境への意識が高まり、微生物活性材「バクチャー」にジョインした。日本及び東南アジアの水質浄化、土壌改善などの経験をもとに環境コンサルタントとしてアシタネプロジェクトに参画。