technology バングラデシュ緑豆プロジェクト ビジネスで社会課題を継続的に解決するということ

グラミンユーグレナ

スーパーでいつも安価に購入できる“もやし”。その原料は、緑豆という豆類で、日本はその全てを輸入に頼っており、しかもその輸入価格は年々高騰していることをご存知だろうか。
この緑豆をバングラデシュでの栽培管理、買い付け、現地や日本での流通、販売までをソーシャルビジネスとして行っているのが、グラミンユーグレナだ。

グラミンユーグレナは、グラミン銀行の創設者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏が運営するグラミン農業財団と藻の一種であるミドリムシ(学名:ユーグレナ)を主に活用したバイオテクノロジー企業の現地合弁会社だ。

バングラデシュでの同社の取り組みは12年目をむかえ、同国の貧困問題の解決だけでなく、日本における緑豆の安定的な提供、そして近年ではロヒンギャの難民問題においても貢献をしている。

グラミンユーグレナが”もやし”の原料である、緑豆でどのような課題をソーシャルビジネスで解決しようとしているのか、その理由や内容について、同社 共同代表経営者の佐竹氏にインタビューしました。

写真1. 佐竹氏 近影(提供:グラミンユーグレナ)

なぜ“もやし”を扱われることになったのでしょうか。

それについては、日本とバングラデシュにおける状況を説明する必要があります。

まず日本では、もやしの原料である緑豆は全て輸入に依存しており、2015年で約80%を中国、残りの約20%をミャンマーとほぼ2カ国に頼っている状況です。政治や気候などナショナルリスクが高まる現代では、原料の安定供給という点で問題があります。

また、総務省のデータによると、緑豆の価格は2004年から2015年でおよそ3.7倍になっています。

原価があがれば、もやしの値段をあげればいいのではと考えるかもしれませんが、そうではないと思います。もやしは1袋大体30円程度で購入できると思いますが、現在、30円で手に入る他の食材がどのくらいあるでしょうか?手軽に手に入る食材があるからこそ、私たちの食卓は安定します。

図1 緑豆の輸入価格推移 (提供:グラミンユーグレナ 財務省貿易統計データより作成)

最近の5年間でもやし生産業者の30%が廃業したという数字もあります。原価の高騰はあるものの、小売業者とのやりとりで、安易に値上げもできず生産業者も苦しい状況にあると想定されます。

以上のようなことから、日本において安定的に緑豆を調達できる国を開拓する必要がありました。

バングラデシュ サイドにおいては、どのようなことが言えるのでしょうか?

バングラデシュは、労働人口の約45%が農家という国です。しかしながら、農業の収益のGDPへの割合は10%程度であり、農業の収益性を高めることが農家や国家の収益拡大に寄与します。(参考)

バングラデシュではじゃがいもは1kgの売り上げが約15円にしかなりませんが、緑豆であれば70円前後です。(米は約30円)。さらに、バングラデシュは1ha以下の小規模な農家が多いため、限られた土地での貧困層の収益機会につながるのです。

写真2. 緑豆の育成状況(提供:グラミンユーグレナ)

また、緑豆はバングラデシュでも、主食であるカレーの材料に使うなど欠かせない食材です。生産した半分は原価で地元の市場に販売し、半分を日本に輸出することで、現地の食料供給にも貢献できることになります。

これにあわせて、日本の農業技術やテクノロジーを導入することで、収穫量の向上や品質の維持管理が進み、収益性の向上が図られる。まさに、現地とはWin-Winな関係を構築できるという訳です。

実際にどのような成果が出ているのでしょうか。

緑豆の生産には、一番多い時でバングラデシュの8,000件の小規模農家が参加するまでになりました。本事業を開始してから合計1,800トンの緑豆を日本に輸出しました。これはスーパーマーケットで販売しているモヤシ1袋(200g)で概算9千万食分に匹敵します

農家単位での成果として、過去から緑豆を生産していたある農家の成果を紹介すると、図2のように、おなじ面積で収量が増え かつ 品質が良いため単価も上がります。 投入するコストは同様なので、利益が増加し、新たな投資が可能になります。

*BDT = バングラデシュの通貨タカ 約1.3円(2021年7月現在)
図2. ある農家の成果データ(提供:グラミンユーグレナ)

なぜ同じ面積なのに収穫量が増えるのですか?

写真3. 緑豆の育成状況(提供:グラミンユーグレナ)

上記の写真は緑豆の畑ですが、上側と下側で種の巻き方が違いますが、どちらの収穫量が多いと思いますか?

実は下側です。上側は従来からのバングラデシュでの栽培方法で種をばら撒く方法で、下は畝(うね)を作って、畝に筋状に種をまく(筋蒔き)方法です。畝を作るのは手間のかかる作業ですが、もやしとして緑豆を利用する日本では緑豆の生育の品質を高い水準で維持するためにこの方法が欠かせません。
バングラデシュでは、豆は砕いてそのままカレーとして調理される(大きさもまばらで構わない)ので、大きさや品質を重視する必要はなく、このような対応は行っていませんでした。

最初の数年はなかなか信頼してくれず、成果を出せませんでしたが、上記のような結果が出てからは、”あの日本人と付き合うと儲かる”と、口コミやSNSなどで情報が広がり、8,000件の農家と取引するようにまで拡大しました。

その他にどのような対応をされたのでしょうか?

よく日本の農業技術移転をすれば、課題が解決すると思われがちですが、それはほんの一部に過ぎません。

先ほど説明した事例は、下記の1番目にある「農業技術の指導、移転」の対応だけで、実はそれ以外にも大変なことがたくさんありました。12年間は七転八倒の日々で、どれほど後悔したかわかりません(笑)。これらを全て行うことで、今の成果があると考えています。

1 農業技術の指導、移転
2 集荷、決済
3 選別作業、冷蔵保存施設の確保、輸送
4 政府関係許可証取得手続き、輸出入手続
5 現地販売体制の構築
6 日本向けの商品開発 梱包、品質管理等
7 日本での顧客開拓
※途上国における農業課題(提供:グラミンユーグレナ)

これはすごいですね、、 ぜひ全てのお話を聞きたいのですが、誌面の都合もあり、いくつか具体的な取り組みを聞かせてください!

はい、まず3の「選別作業、冷蔵保存施設の確保と輸送」ですが、バングラデシュには大量の作物の品質を管理して保管できる倉庫や、日本への輸出に耐えられるようなゴミや虫の入らない選別の設備がありませんでした。

この問題については、自社で投資をし、独自の施設を建てました。これによって、日本に輸出するための品質管理を安定して行えるようになりました。

写真4. 選別場の様子(提供:グラミンユーグレナ)
写真5. 選別場の様子(提供:グラミンユーグレナ)

次に7の「日本での顧客開拓」です。当社は日本への輸出販売を直接行うことで、中間マージンを小さくし、バングラデシュの生産者の収益率を高めています。

このため、日本側の買い手を自力で開拓する必要がありますが、中国産の緑豆が日本の市場の約8割を占めるなかで、ブランド力のないバングラデシュ産の緑豆はなかなか売れませんでした。

仮に売れても、中国産より少ない価格がついてしまいます。ワインなどもそうですが、ブランドや実績がないと、仮に品質は高くても思うように評価はされません。この問題については、粘り強く営業と実績を増す中で改善を図っています。

図3. 緑豆集荷フロー(提供:グラミンユーグレナ)

最後にオペレーション全体の話です。

8000の農家が作付けをし、それらのトレーニングから買い付け、輸送、選別、国内販売と日本への輸出販売がプロセスとして連動しており、これらを日本人スタッフ6名と現地スタッフ40名弱で回しています。

農家への支払いや労務管理など、現地の事情も踏まえた泥臭いノウハウのもとに現在があります。こういった実績が、国連WFPとの事業連携においても入札なしで選定を受けるなどの結果になっています。(通常、国連の事業は公平性の観点から、入札で行われるが、他に実施要件にたる実績を持つ相手先がいないと判断された)

テクノロジーの活用事例についても、聞かせてもらえないでしょうか?

生産量の見積もりのために、圃場(ほじょう)の広さなどの申告を受けていましたが、みなさん多めに言われるので、予測が上振れする事態になりました。

参加する農家には、AGRIBUDDYというアプリを利用して、実際に圃場を歩き登録してもらうことにしました。こうすることで、広さだけでなく場所の登録もでき、その後の運用にも活用できています。

写真6. アプリでの圃場測定の様子

また、現地スタッフは、毎日数十件、生産者の現場に行って状況などをやりとりします。

その際の記録として、アプリで写真をとることで、位置情報や時刻なども自動で習得するため、文字などを入力しなくても、来訪の記録や情報の共有が容易に行うことができます。

作物に病気が出た場合は、遠隔から農学の有識者に確認を受けられるなど、ICTを効果的に活用しています。

写真7. アプリでの情報共有の様子

ロヒンギャの難民問題についても取り組みをされているとお聞きしました。難民問題と緑豆がどのように関係するのでしょうか?

ロヒンギャの難民問題とは、イスラム系少数民族のロヒンギャ族が「不法移民」としてミャンマー政府から国籍を与えられず、数々の差別や迫害を受けている問題です。2017年に大量虐殺が発生し、多くのロヒンギャ族が国を捨て80万人が難民化しました。その為、国境沿いのバングラデシュの貧困農家にも多大な被害を被っています。

そのため、この問題はロヒンギャ難民の救済と、バングラデシュの現地住民の救済の両面を実現する必要があると考えています。

図4. WFPとの連携事業

国連WFPとの取り組みは、外務省からの無償支援により運営されています。

まず、ロヒンギャの難民問題により影響を受けたバングラデシュの小規模農家2,000人に向けて、当社が緑豆と米の栽培指導と作物の購入を行います。これまでの経験を活かすことで、効果的に収益向上や雇用創出を図るだけでなく、翌年以降の持続的な現地の収益向上にも寄与することになります。

あわせて、国連WFPがロヒンギャ難民20,000人にEバウチャー(購入対象や購入先が特定された、電子ポイントのようなもの)を付与し、小規模農家が栽培した緑豆や米を購入できるようにする仕組みです。

元来WFPでは、食料の調達に大変輸送コストをかけていました。この方法では、地産地消で輸送コストやエネルギーを削減するだけでなく、難民を受け入れる立場である地元に収益と雇用を創出することができる新しい取り組みです。

この方法で、昨年度はロヒンギャの難民へ緑豆500トン , 米310トンと、計110万人分の食料を準備しました。

難民問題というと、難民の方の視点だけになりがちですが、80万人が国を超えてくるということは、多面的な関係者への対応が必要ですね。もう少し、エピソードをいただけないでしょうか?

ユーグレナの創業者の出雲は、学生時代にバングラデシュに訪れた経験をきっかけにユーグレナを設立しています。おかげを持って事業も成長した中で、2014年より「ユーグレナGENKIプログラム」として、バングラデシュのスラムの子供たちに毎日10,000人のユーグレナのクッキーを提供しています。

このご縁の中、ロヒンギャの難民問題が深刻化し、ユーグレナ社ではGENKIプログラムとは別に、会社の仲間の自発的な意志によって、20万食の特製ユーグレナクッキーをロヒンギャ難民キャンプへ届けました。この取り組みが、国連WFPや外務省にも認められ、今回の事業に発展しました。

写真8. 国連WFPとの協定式の様子

この事業は、国連が企業と入札なしで行った世界で初めての事業とのことでした。本来は公平性のために競争入札を行うところ、このような取り組みができる企業が他にないという判断をされたのだと思います。実際に契約に至るまではかなり大変な道のりでしたが(笑)、これまでの実績が信頼を産んだのだと思います。

WFPとの取り組みは、こちらの動画にまとまっていますので、ぜひ視聴ください。

佐竹さんのお話からは、ビジネスの仕組みで社会課題を解決することについて、矜恃のようなものを感じます。 ソーシャルビジネスを目指す人に一言いただけないでしょうか?

SDGsやESGなどの盛り上がりや社会構造への疑問や改変などの必要性から、ソーシャルビジネスが脚光を浴びてきています。しかしながら、それを実際にビジネスとして実現したユースケースやロールモデルは、まだまだ少ないと思います。

今回の取り組みは、”もやし”の事業と捉えると、食糧の事業とだけ捉えられてしまいがちですが、ビジネスの手法を使って社会課題を解決するというモデルとして捉えていただくこともできると思います。

例えば、前述した7つの具体例にある通り、10年以上をかけて、数々の側面から具体的な対応を行うことで、ビジネスとして食糧事業が成立し、合わせて地域の貧困や難民の問題に寄与するに至っています。こういったユースケースをどんどん出していきたいですし、ソーシャルビジネスの1モデルとして参考にしてもらえればと思います。

写真9. 佐竹氏の現地での様子

ソーシャルビジネスを志す若い方の相談を聞いていて感じるのが、社会課題への熱意や想いはあるのですが、事業として実現させるビジネスマインドや経験が少ないケースがあるように思います。

その解決策として、一般の事業会社でビジネスの経験することも一つの方法だと思います。ビジネスの手法を使って持続的な取り組みにする上で、実践的な経営やファイナンスの経験は有益です。

ムハマド・ユヌスさんも、現在はマイクロファイナンスだけでなく、ソーシャルビジネスの仕組みを使って多くの事業を設立していますが、その連携先の企業は、ユニクロ、ダノン、インテル、ヴェオリアなど、各業界で活躍している企業と連携しています。これは、ビジネスとして仕組みを回す上で、連携する相手先にも新規事業構築と実行力を持った相手であることを重要視しているからです。

先日、ユーグレナではサステオジェット燃料(ユーグレナ社のバイオジェット燃料)で初の民間機フライトに成功しました。計画当初は、多くの方が実現性を疑った企画ですが、長い年月をかけてこれを実証できました。この取り組みも、ただバイオジェット燃料を開発するだけでなく、認証取得やコストなど多くの課題について対応を進めています。

より多くの方がソーシャルビジネスに魅力を感じ、取り組んでほしいと思います。私たちもそのロールモデルになるべく引き続き努力していきます。

本日はありがとうございました!

大屋 誠

大屋 誠

クラウドサービス開発や新規事業のR&Dを経て、現在はヤフーにてデータ コンサルティング事業に従事。 事業開発や国内外の技術評価の経験を活かし、アシタネプロジェクトに参画。技術やサービスのキュレーションや、人材教育支援のプログラム開発に従事。東京から福岡に生活拠点を移し、週末は養鶏や農業など楽しむ。