technology 木材を顔料として用いたクレヨン「Forest Crayons」

現在、国際的に木材の価格が高騰している。日本は森林が多く、木材としては国産が多いと思われがちだが、実はこれまで消費の過半数を輸入に頼ってきた。

日本の森林の多くは戦後に針葉樹が植樹され、木材としての使用には適齢期を迎えてきている。だが、実はご先祖様が残してくれた折角のその財産も、なかなか価値を見出しにくい現状がある。地方は少子高齢化が進み、重労働である林業の担い手が不足してしまっている。
また、上記に加えて、安価な海外の木材に頼ってきたために、折角植樹した山のメンテナンスがされなくなってしまい、間伐が行われず木材としての価値が下がったり、林道なども放置されて現実的に切り出すことが難しくなったりしているケースが多く見受けられるそうだ。

需要という面でも、戦後に大きな転換があった。
昔の日本では、杉の桶でまず最初に日本酒が作られる。
酒蔵の軒先に掲げられる杉玉は新酒ができた印の一つだった。

そして、まず日本酒の仕込みで使われた木桶は、味噌や醤油を作るために流用され、発酵食品全般で活用されてきたのだ。しかし現在では、日本酒・味噌・醤油などを作る際には、ほば全てステンレスなどの樽が使われている。

これは、戦後に大きな法改正があったためだ。日本酒をはじめとするお酒を仕込む際には、どうしても自然に揮発が生じて、仕込んだ量よりも出来上がった量は少なくなる。
欧米では、これを「天使の分け前」と呼んだりもするのだ。当然ながら、木桶よりもステンレス樽の方が、自然欠損分としては少ない。戦後の法改正というのが、酒税法で、この揮発分にも課税されることになってしまったのだ。そうすると酒造メーカーとしては、自然欠損分の少ないステンレス樽を採用したくなる。もちろん、ステンレス樽の方が長く使えるということもあるだろう。

しかし、木桶による発酵食品づくりは、言わば日本人の文化であり、文化は決して商業主義に屈するべきでない。そういうところにこそ、政府は補助金を投入するべきなのに、逆に加速させる方向に課税を行ったのだ。

こうして、木桶からステンレス樽へと移行し、現在ではこの木桶を作る職人までもが絶滅しかけている。そのため、普段飲んでいる日本酒は、ほぼ99%以上がステンレス樽で作られている。

一つ、視点を変えてみよう。もし、フランスのワインや、スコットランドのウイスキーがステンレスで仕込まれていて、樽からのアロマがなかったとしたら、それを本物のワインやウイスキーと呼べるだろうか。つまり、今私達が飲んでいる日本酒は、戦前の日本人が飲んでいた本物の日本酒とは全く別物であるということだ。
これまでの流れを以下にまとめてみる。戦前から杉などの針葉樹が盛んに植林されてきたが、戦後に木材の需要が減ったところに安価な海外の木材を輸入するようになり、林業事業者が廃業に追い込まれ高齢化してきたために、産業として成り立たなくなっているということだ。

そして、問題点がもう一つある。現在、日本の山から急速に腐食層(ふしょくそう)が失われてきている。腐食層とは、聞き馴染みが薄い言葉かもしれないが、落葉広葉樹の葉が落ち、落ち葉が土壌微生物により分解された腐葉土が積み重なってできていく層のことだ。落ち葉は土や川の生き物達の重要なエサになり、また腐食層を雨が通ることにより、ミネラル豊富な肥沃な水が川から海に供給され、川や海の生態系を豊かにしていく。牡蠣の不漁に悩んだ漁師が、川のミネラルが不足していることに気付き、落葉広葉樹の植林を始めたのは有名な話だ。

現実としては、戦前からの植樹で広葉樹はなくなり、針葉樹ばかりになってしまった。針葉樹は落葉が少なく、また落葉しても分解されづらく腐食層を作ることはできない。
そして、単一な針葉樹だけを植えることにより、木漏れ日は地面に届かなくなり、山の植生が固定化されてしまった。通常の健全な森林としては、背が高い木、低い木、低層の植物など、様々な植生が成長することにより、根が深く伸びる木、横に幅広く伸びる木など、複合的に土中環境を形成し、岩盤に根と土壌が食いつく力を強くするのだ。ところが単一な針葉樹だけだと、根も単調になり、岩盤と土壌との接点が弱くなってしまう。これが豪雨災害の時の土砂崩れの遠因にもなってしまっている。
また、木漏れ日が届かず低層植物も育たなくなることから、土壌表面の土砂も流れやすくなっており、現在ではその土砂で川が埋まってしまうことも発生している。現在行われている対策は、対処療法的な内容が多いようにも見受けられる。

本来の対策としては、山の上層部に落葉広葉樹を植林し、針葉樹は山の下部だけに止め、山本来の植生・生態系に戻し、腐食層も復活させることだ。そうすると、川や海の栄養や土砂などの問題だけでなく、落葉広葉樹ではドングリなど、イノシシやシカのエサも豊富になって、山の動物達と人間との境界線が針葉樹林となり、獣害と呼ばれていることも減っていくのだ。

これまでの問題・課題を解決するには、国内の木材需要の見直しと、安易に海外木材に頼らないことが必要である。現在の海外木材の高騰は、実はその良いきっかけとなり得るのだ。需要面としては、木桶の復活は個人的に重要だと考えている。

そんな中、新しく需要・啓蒙面での面白い取り組みを発見した。なんと、木材を顔料としてクレヨンを作ろうというのだ。

ロンドンに拠点を置くデザインスタジオの「Playfool」では、様々な理由で利用されなかった木材を顔料とするクレヨン「Forest Crayons」を開発した。

開発のきっかけは、Wood Change  Campというレジデンシープログラムに参加したこと。このプログラムに参加したことで、林業の課題などを知ることになり、今までにない方法で、多くの人に森林に関心を持ってもらうにはどうすれば良いか、という問いを軸にこの課題と向き合うこととなった。

木材を煮たり、冷凍したり、食べてみたり、木材に電子回路を組み込んでみたり、色々と実験をした中で、細かく粉砕してみたときに、木を顔料として使用するアイディアを思いついたそうだ。

開発過程では、どういうカラーパレットにするかが悩みどころだった。最初は、杉とヒノキの葉・樹皮・心材の3色ずつ計6色でクレヨンの試作を始めてみたものの、せっかく森林には葉や花など色々な色があるため、それらの色でも作ってみようと森に出向いたりもしてみたが、時季があったり入手が困難だったりで難しいと判断した。
ある時、製材所に寄ってみると、家具材や建材として使用されない端材が、とてもカラフルなことに気づいたのだそうだ。そこで初めて、木材の色自体にフォーカスすることで、木材は全て茶色というわけではないという驚きを伝えることができるのではないか、という方向転換になったのだ。

Playfoolはこのプロジェクトで世界有数の森林大国である日本の森林の美しさを訴えており、このクレヨンが木と人との距離が近づけるような存在になって欲しいと考えている。
Playfoolではこのプロジェクトの過程で沢山の木の名前を覚えることができたそうで、木の名前を知ることが街の中にも多様な木が植えられていることに気づいたり、興味を持つきっかけになると捉えている。

日本国内では、2022年春頃から株式会社フェリシモを通じて、Forest Crayonsを購入することができるようになる予定だ。量産に際しても、日本のクレヨン職人たちの協力のもと、一切顔料を加えることなく、日本各地の木材と米ぬか由来のワックスのみで生産することに成功している。森林や木のことを話しながら、ぜひ子ども達にも使わせたいクレヨンだ。

小野 誠(環境コンサルタント)

小野 誠(環境コンサルタント)

大手通信販売会社を経て、インターネットビジネスのベンチャー企業の立ち上げなどに携わる。息子が生まれたことにより次世代に残す地球環境への意識が高まり、微生物活性材「バクチャー」にジョインした。日本及び東南アジアの水質浄化、土壌改善などの経験をもとに環境コンサルタントとしてアシタネプロジェクトに参画。