technology 気候予測を活用したマラリア流行予測

JAMSTEC(国立研究開発法人 海洋研究開発機構) アプリケーションラボ

WHOの2020年度のレポートによると、2019年にマラリアは約2億2900万件発生し、40万9000人が亡くなっている。近年、死亡者数は減少傾向だが、症例数に大きな変化はない。
SDGの目標3. 「すべての人に健康と福祉を」においても、2030年までの根絶対象として、エイズや結核などと共にマラリアが対象に挙がっている。

図1.マラリア罹患ケースの発生国(出典:2020 World Health Organization

マラリアは、マラリア蚊を媒介して人から人へ感染するため、蚊の発生域の気温や降水量が関係している。JAMSTEC(海洋研究開発機構)のアプリケーションラボ、長崎大学熱帯医学研究所、南アフリカ共和国の気候地球システム科学応用センターを中心にした研究チームは、南アフリカにおけるマラリアの流行予測に取り組んでいる。 その取り組みの内容について、JAMSTEC 土井氏に話を聞いた。

写真1. 土井氏 近影

マラリア予測のプロジェクトを行った背景について、教えてください。

JAMSTECは、日本における海洋科学技術の総合的な研究機関として、様々な研究開発を行ってきており、国内外との連携や成果の発信などに積極的に取り組んでいます。

もともと、日本と南アフリカの二国間で南アフリカの季節予測の取り組みを3年間行っていました。この研究の次期取り組みとして、農業や感染症予測などに活用の可能性が考えられていた中、深刻な社会課題であるマラリアの予測をテーマとして選択したことが始まりです。

マラリア予測においては、気候学者、海洋学者だけでは対応できないため、長崎大学 熱帯医学研究所の皆川教授が代表、JAMSTECアプリケーションラボ所長のBehera博士が副代表になり、学際的な研究チームでプロジェクトがスタートしました。

プロジェクトの内容について、教えてください。

南アフリカのリンポポ州にて、マラリアの流行予測を行うプロジェクトです。予測結果を地域向けの対策や注意喚起に利用するなど社会実装をゴールに見据えたものです。もともと感染症流行と気候の変動に関係があるという研究はあったのですが、どのくらい関係があり、どれほど予測できるかという研究はほぼない状態からのスタートでした。

図2. 南アフリカ リンポポ州 (©️OpenStreetMap)

5年の取り組みの成果として、マラリアの流行を数ヶ月前から予測し、その情報をiDEWS bureau (気候予測に基づいた感染症早期警戒システム事務局)や、リンポポ州保健局のツァニーンマラリア機関に送ると共に、年に二回有識者で議論を行う形で、予測情報が活用されるようになりました。例えば2018年にマラリアが大流行したのですが、これを事前に予測して注意喚起できるようになり、活用に足る結果を出すことができるようになりました。

図3.予測結果抜粋(提供:JAMSTEC)

実績が出て何よりです。どのような分析や予測をしたのですか。

単一の方法でなく、様々な方法を使い、総合的に予測情報を創出していく手法をとっています。
例えば、図4にあるようにマラリアの原因でもあるマラリア蚊の生態や、現地の気象(気温や降水量など)に加えて、南インド洋の海水面の温度の異常がもたらす遠方からの影響などを考慮し、予測に利用しています。

その中でも中心にあるのが、季節予測の技術です。季節予測とは、猛暑や暖冬など「季節の不順」を、数ヶ月前から予測する技術です。
季節予測には大量の海洋観測データが必要で、例えば海の水温の測定は世界の海で稼働している測定器(図5)からのデータや、人工衛星を通じて収集したデータを活用しています。

あわせて、南アフリカ現地のマラリアの罹患数などを把握する必要があり、南アフリカのチームや関係者との連携がその中でも中心にあるのが、季節予測の技術です。季節予測とは、猛暑や暖冬など「季節の不順」を、数ヶ月前から予測する技術です。
季節予測には大量の海洋観測データが必要で、例えば海の水温の測定は世界の海で稼働している測定器(図5)からのデータや、人工衛星を通じて収集したデータを活用しています。
必要不可欠でした。

図4.分析アプローチ(提供:JAMSTEC)
図5 海水温を自動測定する機械「アルゴフロート」(提供:JAMSTEC)

季節予測という技術の上で、マラリア予測を行われたということですね。
季節予測について、もう少し教えてください。

図6 季節予測イメージ(提供:JAMSTEC)

季節予測は、日々の天気を予測する天気予報とは違い、次の夏が冷夏か、次の冬が暖冬かなど、季節の異常な傾向を、数ヶ月前から予測しようとする技術です。特に、海水温が鍵になります。お風呂の水は、温まりにくく、冷めにくいのに対して、エアコンは切るとすぐに暑くなるように、大気に比べて、海の温度というのは熱を長く保ち易い性質があります。空の状態に比べ、ゆっくりと変動する海の水温に起因して、季節に異常が現れる場合は、数ヶ月前からでも予測できる可能性があります。

季節予測は、海の状態を起点に、海、空、陸の予測を行います。それぞれつながっているので、地球丸ごと全体をシミュレーションするため、大量な計算能力が必要ですので、スーパーコンピュータの使用も欠かせません。

図7 季節予測を支える技術(提供:JAMSTEC)

なお、季節予測は、熱帯の地域の予測精度が高い特徴があります。
理由は、熱帯の海は常に暖かいため、海が大気に影響を与えているという状況がよく発生しているためです。

一方で、日本が位置する中緯度地域は、空が海に影響を与えているという関係で、同じようには行きません。季節予測は、私たち社会生活を支える様々な分野で活用が期待される技術であり、日々精度の向上に努めています。

図8 季節予測の適用期待対象 (提供:JAMSTEC)

マラリア予測や季節予測の社会実装には、今後どんな対応が必要ですか?

現代の科学として実現可能なレベルと、現地で必要とされるレベルにまだまだ乖離があると考えています。しかしながら、進行する地球温暖化を背景に、猛暑や暖冬などの季節の異常による社会の影響が益々甚大なものになっており、技術向上まで何もしないことが正しいとは言えません。

日々の技術向上にあわせて、現在の技術は何に適用可能なのか、予測を使っていいケースと使うべきでないケースなど、社会実装にむけて適切に提示できるようにしていく必要があると考えています。
また、社会実装においては、ユーザーと研究者をつなぐコーディネータの大切さを感じています。発生する課題やリスクに対して、現在とりうる最適な対応を関係者がデザインしていくための調整が、社会実装をより有益なものにすると思います。

季節予測の今後の展開について、教えてください。

空や海の予測研究では、アンサンブル予測という手法があります。ちょっとした条件の違いによって予測が大きく変わり易い性質があるので、ありうる範囲で条件を少しずつ変えて、複数回予測実験を行い、その総合的な結果から予測情報を作ります。季節予測においても、こういった方法ができる環境や技法がより高度に確立することで、より正確な予測を提供したいです。

また、農業分野など他の社会実装にもチャレンジしていきたいです。冷夏や干ばつなどの影響で、食料の安定供給が脅かされると、社会や経済が混乱し、世界的な問題に発展する可能性があります。事前に予測できると、そのような被害を軽減できる可能性があると考えています。

大屋 誠

大屋 誠

クラウドサービス開発や新規事業のR&Dを経て、現在はヤフーにてデータ コンサルティング事業に従事。 事業開発や国内外の技術評価の経験を活かし、アシタネプロジェクトに参画。技術やサービスのキュレーションや、人材教育支援のプログラム開発に従事。東京から福岡に生活拠点を移し、週末は養鶏や農業など楽しむ。