エネルギーの進化は、近代社会の発展に大きな貢献をしてきました。その一方で、温室効果ガス排出による気候変動の影響が世界中で確認され、私たち人類は、私たちを豊かにしたエネルギーに対する関わり方の見直しを日々突きつけられています。
近年、カーボンニュートラル実現の大きな担い手として、太陽光や風力などの再生可能エネルギーと並んで、水素やアンモニアを利用したCO2を排出しない燃料の発電技術について、耳にするようになりました。
三菱重工業株式会社( https://www.mhi.com/jp )は、卓越した発電技術とソリューションを持ち、同社が電力会社などに納品する大型のガスタービンは、高効率と高い信頼性で世界シェアもトップクラスです。今後、世の中に実装される水素・アンモニア発電においても、先駆的な取り組みを進めています。
水素・アンモニア発電技術とは、一体どのようなものなのか。そして、どのように私たちの社会で利用されていくのか。同社 エナジードメイン エナジートランジション&パワー事業本部 GTCC事業部 ガスタービン技術部 技監・技師長で、長年大型ガスタービンの開発に携わり、水素・アンモニアのプロジェクトに関わる谷村 聡氏に同社のテクノロジーと現在の取り組み、今後の展開について話を聞いた。
三菱重工のエネルギー事業について、概要を教えてください。
既存火力発電システムの脱炭素化の促進と、水素エコシステムやCO2エコシステムの構築を行うのが私たちの事業です。高効率で環境負荷の低い世界トップレベルのガスタービン発電技術をはじめ、水素の流通、運搬のエコシステム構築などを通じて、持続可能な電力の安定供給を世界中で実現しています。
改めてガスタービンとは、どんなものでしょうか?
ガスタービンは、ガソリンエンジンと同じ内燃機関の一種で、燃料の燃焼エネルギーを回転エネルギーに変えます。構造上、発電所など巨大な出力を出せる点が特徴です。
基本的な構造は、飛行機のジェットエンジンと同じで、“圧縮機”、“燃焼器”、“タービン”の3要素で構成されています。ジェットエンジンはファンの駆動にパワーを使うのに対し、ガスタービンは電力を生み出す発電機の駆動にパワーを使います。
様々な努力で、高出力と高い効率が実現されており、下記のガスタービンコンバインドサイクル(GTCC)という仕組みでは、ガスタービンから発生する排熱を再利用し蒸気タービンを回すことで、発電効率が60%以上と高くなっています。
世界にはGEやシーメンスなどの国際企業がある中で、三菱重工のガスタービンが世界で支持されている理由は何ですか?
もっとも大きな理由は、信頼性です。ガスタービンは1600℃を超えるほどの温度となり、部品が壊れることもあります。ガスタービンコンバインドサイクルが実用化されたのは1980年代で、90年代の普及期に効率競争が発生し、これが原因でどの企業も故障を多発させていました。
弊社はこの対応として、1970年代より兵庫県の高砂に設計、開発、製造の拠点を集めていたのですが、ここで1997年からガスタービンの実証試験も行なっています。現在は560MW規模の発電実証試験を行なっていますが、この規模の発電事業をやりながら、同じ場所で設計、開発を行う企業はありません。
これにより設計や研究した内容が、迅速にフィードバックされてきます。私も設計出身のエンジニアですが、設計後にすぐに隣で試作品の製作が始まります。そうすると、現場からすぐに呼び出しがかかり、“こんなもの作れない”とか“どうするんだ”というような、クレームをすぐに受けます。また、燃焼試験もすぐ隣でやるので、自分の失敗を目の当たりにするようなこともあります。エンジニアにとって大変厳しい環境ですが、貴重な経験を濃密に経験することで、世界で活躍できる優秀なエンジニアが育つ環境となっています。
そしてこの一連の取り組みが、ガスタービンの品質向上や開発競争力の向上になり、発電事業開始から約15年後から、シェアで年によって1位をとる時期も出始めました。そして現在では、全世界で1000台を超えるガスタービンが導入されています。
毎年、高砂の実証拠点には国内外から多くの見学者が訪れています。
火力発電というと、化石燃料を燃やすイメージがあるのですが、火力発電の脱炭素化とは、どういうものでしょうか。
世界はカーボンニュートラルの社会に移行しており、CO2の低減と回収を進めることで2050年までにネットゼロカーボンを達成しようとしています。
そこで火力発電の利点を活かしつつ、CO2を排出しない水素・アンモニアを燃料とした発電に移行していくことで、脱炭素化を図ろうとしています。
そのためには、水素やアンモニアを燃料にしたガスタービン技術だけでなく、蓄エネルギー技術、カーボンリサイクル技術などを合わせた開発が必要と考えており、2030年までにCO2排出ゼロ技術を確立するスケジュールで研究開発を進めています。
大型ガスタービンによる水素を使った発電、アンモニアだけを使った発電については2025年までに実証、商用化の予定です。
水素を燃料にすることでCO2が出ないことは理解しましたが、ガスタービンとして導入するメリットは、何ですか?
その理由は、大きく4つあると考えています。
まず1つ目は、投資コストが低いことです。前述した通り、ガスタービンの構造は3つに分かれます。(“圧縮機”、“燃焼器”、“タービン”)そしてこの構造は、燃料が天然ガスでも水素でも変わることはありません。
そのため、燃料が水素になる場合でも、燃焼器だけ変えることで実現ができます。もちろん、水素を貯蔵し、配管を通して引き込む仕組みは必要ですが、発電所を新たに構築するようなことなく、既存の施設を活用してCO2を排出しないエネルギーを手にできることは大きなメリットです。
2つ目に、水素キャリアの柔軟性を確保できることです。
水素は気体のままでは貯蔵や輸送に大変コストがかかるため、液体や化合物にする必要があります。この手法をキャリアと言います。水素キャリアの形態は複数あり、それぞれ性質やコストなどに違いがあります。ガスタービンは低純度な水素でも利用が可能な為、状況に応じたキャリアを採用できることが、強みです。
そして、3つ目は水素需要の喚起ができることです。
現在、水素の製造や流通はまだまだ少なく、調達コストも高い状況で、三菱重工も含め、サプライチェーンの整備には力を入れています。「鶏が先か、卵が先か」ではありますが、大規模な水素需要を創出する水素ガスタービンの稼働により、水素需要が増えてコストを下げられる可能性があります。これにより、更なる需要喚起とコスト削減を実現できます。
そして、最後に、水素は再生可能エネルギーとの親和性が高い点が挙げられます。
再生可能エネルギーは、CO2を出さない重要なエネルギー源ですが、天候や時間などにより発電量は一定ではありません。短期間であれば、余剰な電気は蓄電池(バッテリー)にためることもできますが、長期に保存できるだけの容量を確保することは困難です。
そこで水素は水を電気で分解して作ることも可能な性質を使い、余剰な再生可能エネルギー由来の電力は一旦水素にして貯蔵し、必要な時に発電することも可能になります。
下図のように、電力グリッドと水素ネットワークが連携することで、脱炭素時代の安定的なエネルギーインフラを構築できると考えています。
水素ガスタービンの可能性について、よく理解できました!
次に、水素ガスタービンの開発での課題について教えてください。
水素は燃焼性が高く、静電気程度のエネルギーでも着火します。併せて、燃焼範囲も広いため、技術的に乗り越えるべき課題も多くあります。
課題の一つが“逆火”です。逆火とは、燃焼器内の火炎が投入される燃料を伝わって、逆戻りする現象で、燃焼性が高い水素は逆火が起こりやすいという性質があります。
“拡散燃焼”という燃料の混合方式であれば、私たちはすでに水素100%を適用した実績がありますが、この方法ではNOx(窒素酸化物)が多く出てしまいます。一方、燃料と空気を予め混合して燃焼器内に投入する“予混合燃焼”という方式では、NOxの低減が可能ですが、水素を含む燃料では逆火が起こりやすくなります。そこで、燃焼器内の燃料供給ノズルの構造を改良し、燃料は十分に混合しつつも、ノズル中心部にできる低流速部分を消滅させる構造にすることで、逆火耐性を大きく向上させることができました。
もう一つ大きな課題が“燃焼振動”です。燃焼器内は1600℃の高温になり、高い熱負荷がかかる燃焼器の筒は大きな音をたてます。この音の振動と火炎の振動が一致すると、燃焼器が破壊されるほどのエネルギーになります。これを避けるため、燃料の燃える位置、燃やし方を工夫するほか、吸音装置をつけるなどの工夫を重ねています。
さらに現在開発を進めているCO2排出ゼロの水素100%専焼においては、これまでの既存燃焼器技術では逆火の抑制が困難を極めることは明確でした。そこで、これまでとまったく違う燃焼器開発のため、概念設計(コンセプト)から開始しています。すでに、要素検証は完了しており、1700℃で安定燃焼できる温度領域において、逆火しないことを確認できている状況です。
これらは取り組みの一例で、実際には現象や課題の一つ一つに丁寧に対応し、メンテナンス性をあげ、設備全体の性能向上と設備寿命を長くしていく対応の繰り返しです。その実現には、最良の素材、最良の形状、最良の組み合わせを見つけ、それらを積み重ねていく試行錯誤が重要だと考えています。
まさに、設計、開発、製造、実証が繋がりあうことでの成果ですね。先程の高砂の開発拠点が大変活きているように思いました。ありがとうございます。
次にアンモニアを利用した発電について教えてください。アンモニアの発電と水素とはどのような位置付けにあるのでしょうか?三菱重工では、どのような取り組みをしているのでしょうか。
アンモニアは植物の肥料として世界中で利用されている物質で、すでに生産、貯蔵、運搬などのサプライチェーンが整備されている物質です。
エネルギーとして注目されている理由の一つは、アンモニアは水素を含む物質であり、前述の通り製造や運搬の実績も多いため、水素を運搬・貯蔵する上でのキャリアの一つとして注目されています。
加えて、アンモニア自体、炭素を含まない燃料として利用することができるため、CO2を発生させないエネルギーとしても期待されています。
しかしながら、アンモニアを燃料にした際には、高濃度のNOxが発生します。
その為、ガスタービンの高温の排ガスを使い、アンモニアを水素と窒素に分解した上で水素を燃焼させる方式や、2段階の燃焼でNOxの発生をコントロールする直接燃焼方式などが考案され、現在開発を進めています。
現在、我々はアンモニア100%直接燃焼の4万kW級ガスタービンの開発を進めており、2025年に実用化を目指しています。
開発のベースとなっているH-25ガスタービンは、累計受注実績が約190台と世界で豊富な運転実績を有し、離島や産業分野等の需要が見込まれます。これまで新興国を中心に、海外向けの受注実績が8割を超えており、中小規模の発電所における電力の安定供給・脱炭素化の推進にも貢献することができると考えております。また、アジア新興国は日本と同様、再エネを低コストで導入できる地域はごく一部、依然として化石燃料が基幹電源となっており、カーボンニュートラルへのステップとして、アンモニア混焼は現実的な選択肢となり得ると考えています。
世界の脱炭素化促進への課題は何だと考えますか。そして水素エネルギー技術が普及するためには、どのような課題がありますでしょうか。
2020年度の暴風雨の被害額は、2000-2019年平均と比べ3割増加、洪水おいても5割増加しており、温暖化に伴う経済的損失は甚大なものになっています。
脱炭素化に向けた開発投資は、経済的損失に比べれば小さなものですが、たくさんの設備投資と今後費用が低減されるとはいえ、CO2排出を抑えることも含めたコストについて、社会がどのようにその対価を負担すべきかが課題です。
災害タイプによる経済損失の比較(出典:United Nations Office for Disaster Risk Reduction)
また、先進国と新興国では、カーボンニュートラルを実現するにあたっての状況が異なります。下図の通り、新興国は、先進国と比較して一人当たりのGDP(国内総生産)もCO2排出量も少ない状況です。成熟期に入った先進国と違い、経済成長の伸び代の要求が高い新興国において、CO2排出を増やさずGDPを増やしていける対応を取る必要があると考えています。
資料提供:三菱重工業株式会社 Our World in Dataより作図
様々な技術や仕組みが組み合わさり、カーボンニュートラルの世界が実現されていていくのですね。現在、世界ではどのような水素発電のプロジェクトが行なわれているのでしょうか。
海外では、大規模な再エネ由来のグリーン水素(再生可能エネルギーの電力を利用して製造した水素)の生産から利用までのシステム開発、或いは化石燃料由来のブルー水素の生産・利用において水素製造時に発生するCO2を地中深く貯留することも含めたシステム開発など、水素の製造、輸送、貯蔵そして利用までを視野に入れた包括的な水素利用プロジェクトが多く計画されています。
下記は米国Magnum Development社(岩塩空洞の開発/運営会社)およびユタ州政府と共に先進的クリーンエネルギー貯蔵事業(Advanced Clean Energy Storage Project)です。これは風力発電や太陽光発電で得た電気からグリーン水素を製造し、岩塩の空洞に貯蔵し、発電所に水素を供給するプロジェクトです。再生可能エネルギーを活用して水素を生成、貯蔵することで、CO2排出なしに安定的なエネルギー供給を可能にします。
また水素の利活用を通して、その地域におけるエネルギーの信頼性と独立性を高めて、雇用を創出するとともに、不経済なグリッド構築の回避、既存インフラの再利用、複数の産業セクターにおける燃料の多様化など、様々な効果が期待され、国境を越え、国家・自治体・企業共同体が連携するようなプロジェクトも海外では進められています。
もう一つの事例として、下図はオランダ北部の発電所において、スウェーデンのエネルギー企業であるVattenfall社が運営する出力132万kW級の天然ガス焚きGTCC発電所を水素焚きに転換するプロジェクトです。当社が納入した発電設備3系列中 1系列を2027年までに天然ガスから水素焚きに転換するものです。
ノルウェーからパイプラインで輸送された天然ガスから改質技術で水素を製造し、その過程で生じたCO2は回収されてノルウェーで地中に貯留されます。水素での発電を始める時点ではこのブルー水素を利用し、段階的にグリーン水素の利用への転換が図られる計画です。
最後に読者の方にメッセージをお願いします。
これまでご説明してきた水素・アンモニア発電の技術開発は、再エネの利活用促進や水素のコスト低減の実現につながります。これは経済の仕組みの中で機器メーカーとして三菱重工がやるべき取り組みです。
一方、社会全体としては、温室効果ガスに関する考え方を改める必要があると私は考えています。これは新種の公害と言うこともでき、CO2を出すことにかかわった人は等しくその責任を負うべき問題です。企業や投資家の考えに左右されず、私たちは地球上の温暖化で被害を受ける人のためにものを考え、どのような社会を作るか、私たち一人一人が向き合わなければなりません。
私にとって、水素に出会うまでのこれまでの製品開発は競合他社に勝つためのものでしたが、今は、人類の将来のために開発を急がねばならないのだという、新たなやりがいを感じています。
谷村様、本日はありがとうございました!
大屋 誠
クラウドサービス開発や新規事業のR&Dを経て、現在はヤフーにてデータ コンサルティング事業に従事。 事業開発や国内外の技術評価の経験を活かし、アシタネプロジェクトに参画。技術やサービスのキュレーションや、人材教育支援のプログラム開発に従事。東京から福岡に生活拠点を移し、週末は養鶏や農業など楽しむ。