日本では誰しもが知っている農協に近い仕組みを、デジタル技術を使って、遠くアフリカ 東部に位置するモザンビークで普及を続けている企業がある。
日本植物燃料株式会社(以下 同社)は、モザンビークの中でも都心部から離れたエリアで活動しているにもかかわらず、25万人を超える人に電子マネーまたはE-Voucherのサービスを提供、その取り組みはさらに広がっている。一体、同社はどのようなサービスを展開しているのか、そしてどのように現地で事業を築き、育てて行っているのか、代表の合田真さんに話をうかがった。
バイオ燃料事業と現地ニーズへの対応
同社の事業は多彩である。社名にもなっているバイオ燃料の製造、販売以外に、現地の農業関連用品の買取や流通、そして電子マネーのプラットフォームの提供や導入を行っている。なぜ、このような業態となったのだろうか。
創業当初、同社はマレーシア、インドネシアからバイオ燃料を製造するための種子を調達し、燃料の製造と販売を行っていた。しかしながら、規模の拡大とコスト削減を前提とするモデルやリーマンショックの影響などもある中で、次第にこれまでと異なるビジネスモデルを考えるようになった。
そんな中、東京都にバイオ燃料を卸売りしていた際のパートナー石油会社から、2006年にモザンビークで原料の苗の育成、頒布から育った原料の買い付け、製造、流通までの対応についての協業依頼があったことが、モザンビークとの出会いであった。
*その後、2011年にJICAおよびJSTの事業を5年間実施。2012年に現地法人を設立。
同社が生産するバイオ燃料は、主に生産地の近隣で消費される。当然発電された電力も現地で消費されている。規模の効果でグローバルにバイオ燃料のビジネスを進める大型資本企業と競争するのでなく、ローカルの電力需要に答えていくことで、地域の発展と共に事業を拡大していくモデルを採用したのである。しかしながら、現地のとうもろこしの製粉場など、モザンビークの地域需要にあった燃料提供を増やしてきた同社であるが、最初から順調だったわけではなかった。
なぜなら、バイオ燃料の原料生産に適したモザンビークでも地方を拠点にしており、街の電化は進んでいない。 電気の需要が大きくないエリアで、電気需要を開拓する必要があったのだ。そんな中、同社は電気をうるのでなく、まちで電気を活用したサービスを供給することから着手した。具体的には、まちで冷たい飲み物にプレミアムをつけて販売した。電化が進んでいない地域で、電気を使って冷やした飲み物は付加価値となった。電気を使った付加価値は、まちの評判が上がり、取り扱う商品も増えていった。
呪術師の仕業? 現地ならではの電子マネープラットフォーム需要
売り上げは増えていく中で、一つ大きな問題にぶつかった。なぜか売上の30%が、どこかに消えていくのだ。小売事業を行っていく上で、売上の30%が消えるのは、事業継続上大きな問題だ。
現地の知り合いに相談をすると、成功している事業を妬んだ同業者が、呪術師を雇って妖精が売上を盗んでいるという。これに対応するために、良い呪術師を紹介するというのである。合田氏は、こちらを丁重にお断りしつつも、カメラを設置して、現場を支えているスタッフを監視することにも疑問を感じていた。
そこで合田氏が導入したのが、日本でもおなじみのNFCを活用した電子マネーの仕組みだ。現金でやりとりする必要がない電子マネーであれば、現金の取り扱い頻度がずっと少なくなる。NFCリーダーを利用するための電力は確保できている。QR決済の場合、携帯通信網が安定しないといけないが、NFCであればそれも必要なく、導入はスムーズに進んだ。すると売上の差分は1%程度に大きく改善した。これは、測りものの商品も多い現地ではほとんど売上の消失はなかったとも言える。
当初は提供側の需要で導入した電子マネーだったが、利用者増加と共に、大金をいれる利用者も増えてきた。理由を聞くと、現地の多くは農業で生計を立てており、主に収益は収穫後に一括で手に入るが、これを保管していた。銀行が普及していない地方において、現金は壺に入れて地面に隠すなどしか保管方法がなく、盗難や洪水などで財産を失うようなこともしばしばだった、現地の方にとって、安全に現金を守るための需要に合致したのだ。
デジタル 農協プラットフォーム
普及した電子マネーとE-Voucherの利用者は、現在25万人を超え、多くの取引データを蓄積している。同社は作物の買取を行っており、その支払いは電子マネーで行われる。このため、利用者の収入(いつ、何について、いくら払われたか)や付帯して納期を守ったのかなどを把握できる。
一方、同社は小売店で生活雑貨や農業資材を販売しており、その支払いを電子マネーで行っているため、利用者の支出状況も把握ができる。
収入、支出の両方がわかることから、同社は支払い能力を把握することができるため、利用者への融資対応ができるようになった。
国連食糧農業機関(FAO)、世界銀行、WFPなどでも採用され、FAOにおいては世界で最初のE-Voucherとして採用され、これまで国経由でしか支援ができなかった資金の給付が、電子マネープラットフォームを経由して、地域に直接給付されるような実績もできた。これも利用者の収支を通して、確実に必要な人へ拠出ができる仕組みがあるからである。近年、アフリカにおける地域開発の成功事例として注目が集まっており、同社はアフリカ会議(TICAD7)においても活躍をされている。
電子マネーの技術導入にあらず、その実は、地域の実情に合わせた基盤をいく層にも丁寧に重ね合わせつくられている。
合田氏は、「日本の農協が、農業支援は当然として、ガソリンスタンドから病院、銀行、保険など農村部で必要なインフラを農民自ら行ってきた事例は世界においてユニークなものです。小農が集まって農村部で自分たちが必要とする社会インフラ整備を行ってきたことが都市部に偏らず日本全体が発展してきた重要な要素だったと考えています。 モザンビークにおいても、農業にまつわる生産性向上だけでなく、金融、保険、医療などが安心して受けられるような、暮らしにまつわるプラットフォームを作っていきたい」と語った。バイオ燃料から始まった事業は、地域にエネルギー、物、サービス、お金の還流を作り、同社の取り組みは、着実にモザンビークに社会基盤を作っている。
大屋 誠
クラウドサービス開発や新規事業のR&Dを経て、現在はヤフーにてデータ コンサルティング事業に従事。 事業開発や国内外の技術評価の経験を活かし、アシタネプロジェクトに参画。技術やサービスのキュレーションや、人材教育支援のプログラム開発に従事。東京から福岡に生活拠点を移し、週末は養鶏や農業など楽しむ。