ジャガイモ伝来の地と言われ、全国3位の生産量を誇る長崎県。(農林水産省統計より)ジャガイモ栽培と聞いてイメージするのが、北海道のような大きな畑と大型機械。ですが3 方が海の長崎県は、平坦地が少なく畑の多くは斜面にあります。そのため畑の面積は狭く、大型機械による栽培ができません。この地で活躍しているのは、小型の農業機械「ジャガールタンク」と「ブルガール」。長崎県雲仙市で農業機械販売と請負修理工場を営む、株式会社フジシタが開発販売をしています。今回は広報担当で、開発を手掛けた社長の藤下實一さんの子で、マーケティングを担当する川鍋明日香さんにお話を伺いました。
大屋 早速ですが、「ジャガールタンク」と「ブルガール」について教えていただけますか? 農業機械っぽくないネーミングですよね。
川鍋 うふふ(笑)そうですよね、従来の農業機械のイメージを変えたくて私がネーミングしました。父が苦労して開発した機械をおしゃれなイメージにしたくて、ロゴもデザインしてもらいました。
大屋 なるほど、ロゴもかわいいし機械自体のカラーも赤と黒でお洒落です。
それでは「ジャガールタンク」から紹介いただけますか。
<ジャガールタンクの動作動画>
川鍋 「ジャガールタンク」は、簡単に言うとジャガイモの種芋を植える機械です。乗用型半自動種芋植え付け機と言いまして、種芋を植えるための溝切り、ベルトコンベアでの等間隔での種芋落下、土寄せが一度にできるようになっています。以前から小型の植え付け機はあったのですが、種芋を補充する人が機械に乗り込み作業できるため、作業が早く済むだけでなく、大幅に作業負担を軽減できます。
大屋 ということは、それまでは人が歩いて作業していたということですか。
川鍋 そうなのです。農家さんのほとんどがご家族で作業しており、男性は機械を押し、女性は機械の横について歩きながら種芋をセットしていました。この作業で、1日20キロ程度歩くことになり、特に補充をする側の女性は、畝が立ち上がっていない、やわらかな土の上を歩くので、足や膝への負担が大きかったのです。しかも、種芋をベルトに1つ1つ乗せる必要 があり、指先に力が入らなくなるほど疲労困憊したそうです。
大屋 ええと、その作業は1日だけでは終わらないんですよね。畑はいくつもあるのでしょう?
川鍋 そうです。植え付けはすべての畑がおわるまで毎日続きます。女性は帰宅後も家事や育児が待っていて、辛すぎて泣いている方もいらしたようです。
大屋 それは辛いですね。
川鍋 だからこの機械の前身にあたる「ジャガール」ができたとき、大変喜ばれました。重労働な作業を続けられず、高齢で栽培をあきらめる方も出てきていた中で、この機械があればまだまだ農業を続けられると言っていただき私たちもとても嬉しかったです。
大屋 本当ですね。好きな仕事を長く続けられるのは、幸せですよね。作業は楽になって本当に良かったです。
川鍋 続いて「ブルガール」についてご説明します。こちらは、ジャガイモの収穫の機械です。2人から4人が機械に座り、ジャガイモの掘り上げ、選別、コンテナ詰めができます。これまでは畑中にコンテナをおき、畝の上で選別していました。
①しゃがみこんで芋をコンテナに詰め、②立ち上がって芋の入ったコンテナを隣の株まで移動させる。①②の繰り返しで、本当に重労働で人手もたくさん必要でした。因みに、ジャガイモが入ったコンテナは、1台で25㎏にもなるので、体を痛める方も多かったのです。
大屋 25㎏!私が同じ作業をしたら、すぐに倒れそうです。商品パンフレットには、10aを2.5時間で収穫できると大きな文字で書かれていますが、先ほど話されていた機械がない状態だと何時間かかりますか。
<ブルガールのYoutube動画>
川鍋 おおよそですが8時間です。
大屋 1/3の時間になるのですね!しかも、重いものを持たなくて良いのは。本当にありがたいですね。
大屋 動作を見ていて面白いなと思ったのが、運転席が芋の流れていくベルトの横にあって、運転手も芋の選別ができるんですね。
川鍋 何せ重労働のため、人手の確保も難しくて、いかに少ない人で楽にできるかということで、このような仕様にしました。
最新のブルガールはじゃがいも分離装置をつけると、芋は自動でコンテナに入るような仕様になっています。運転手は、茎やB級品の芋を選別するだけでいいので、より楽にできるようになりました。
<じゃがいも分離装置をつけたブルガールの動画>
大屋 ジャガイモ栽培の産業革命ですね(笑)。お父様である藤下社長が開発されたとお聞きしましたが、開発を始められたきっかけは何だったのですか。
川鍋 「フジシタ」は、父の先代が創業者で、元は農業機械の販売店でした。父の代に代わり、元々機械が好きな父は、販売した機械の修理も請け負うようになりました。通常であれば、メーカーから部品を取り寄せ修理をするところを、身近な材料などで工夫しコストを抑えることで、農家さんから支持をいただくようになりました。そんな中、お客様から機械について相談されることが増え、現場に出向いて問題を把握し、お客様の要望に応える工夫を機械に加えていくようになりました。その中でも、相談が多かったのが、地元の特産品のジャガイモ栽培だったのです。
大屋 先ほど見せていただいた両機の実演。細部の細部まで工夫されていて、とても興味深いです。ジャガールタンクは植え付けと同時に肥料もまける機械を後付けし、ブルガールの芋と土塊を分別できるなど、機能満載ですね。
大屋 また、電子部品や機械部品を極力使わず、物理的な機構を採用しているので、壊れにくそうなのが良いですね。
川鍋 身内をほめることになりおこがましいのですが、父の凄いところは50年にわたる農業機械修理の経験から、どんな機構が壊れやすいか、どうすれば壊れにくい仕組みになるかというノウハウがあります。また、いつも現場に行きお客様(農家)と、話し込んでくるところだと思います。だから栽培現場にあったものが作れるのだと思います。
大屋 現在の販売台数を教えてください。
川鍋 ジャガール・ジャガールンタンク合わせて全国で250台、 北は東北から南は鹿児島まで利用されています。
大屋 フジシタさんの機械は、世界でも需要がありそうですね。例えば長崎のような地形の国や山間部の多い国でも、支持されそうです。
川鍋 世界でもジャガイモの生産は、自動化や効率化がされず、重労働な地域が多くあります。実はYouTubeで機械を紹介したところ、韓国やタイから問い合わせがあり、販売させていただきました。ただ、私たちの機械は現場でたたき上げられて完成するので、現地の状況を理解しながら、改善していけると良いと思っています。
大屋 そうですね。見にいきたくても現地は遠すぎるし、言葉の壁もあるし、現地のコーディネータやITの力なども使い、海外の実情にも合わせて活用が広がると良いですね。
川鍋 そうですね。世界も視野にいれながら、地元へもさらなる貢献ができるよう取り組んでいきたいです。そのためには、父に元気で働いてもらえるよう私もサポートしていきたいです。
長崎県では春の新ジャガイモ出荷に向け、1月初旬には植え付けが始まります。それを見据え、2021年12月末に雲仙市の本社でインタビューさせていただきました。
この日も地元の若手ジャガイモ生産者が、藤下さんを訪ね、開発中のトラクター専用、種芋植付機について開発機を囲んで議論していました。
会社のある愛野町は、畑の区画整理が進み、それに合わせた新たな機械はどうあるべきか、議論は数時間続いていましたが、藤下さんの表情は終始笑顔でした。
また、インタビュー中に藤下さんに開発の失敗談をお聞きしたところ、「失敗なんてない、全ては繋がっているから。」と笑顔。高い技術力と現場主義だけでなく、この穏やかで粘り強い人柄が、雲仙市のジャガイモ栽培を支えているように感じました。
人口増や社会不安、気候変動などによる食料問題、フードマイレージなど環境負荷の対応などから、地域ごとの安定的な食糧生産を推進する技術は重要性を増しています。また、故障しにくく、狭小の耕作地に対応した、現場重視の藤下さんの物づくりのスタンスは、多くの地域において、参考になるモデルではないかと感じました。
大屋 誠
クラウドサービス開発や新規事業のR&Dを経て、現在はヤフーにてデータ コンサルティング事業に従事。 事業開発や国内外の技術評価の経験を活かし、アシタネプロジェクトに参画。技術やサービスのキュレーションや、人材教育支援のプログラム開発に従事。東京から福岡に生活拠点を移し、週末は養鶏や農業など楽しむ。