technology 国立大学法人 東北大学 株式会社RTi-cast

テクノロジーの組み合わせと震災の経験から生まれたリアルタイム津波予測

津波災害の軽減は、海洋に囲まれている多くの国にとって重要な課題である。
震災の教訓・課題を蓄積する日本で、リアルタイム津波予測システムという新しい予測システムがすでに稼働しているのをご存知だろうか。プロジェクトの中心になっている東北大学 災害科学国際研究所教授 越村先生にシステム開発の背景と内容、予測データ提供のために設立したベンチャー企業 RTi-castについて話を聞いた。

──これまでのプロジェクト開発に当たるまでの経緯をお聞かせください。

なんといっても東日本大震災が契機でした。発災時、私は東京駅にいました。大きく揺れて仙台に戻らなきゃいけないと思ったのですが、新幹線が止まっていたため、レンタカーを借りて東京から仙台に戻りました。現地では、一体何が起きているのだろうか調べながらでしたが、結局得られる情報はみなさんと一緒で気象庁の予報や報道情報だけでした。

また、情報が断片的で、報道される情報しか取得できない。当然ですけど、被害の全体像を早く知りたいのに知ることができません。じゃあどうすれば良いかと言うと、自分たちで予測するしかないと考え、研究を始めました。

被害が大きければ大きいほど被害の全容はわからなくなるし、自治体や被災者がみずから情報を発信するには限界があります。対応が後手後手に回ってしまった、阪神淡路大震災や東日本大震災の教訓から、この課題を打破するためリアルタイム津波浸水被害予測システムの研究を始めました。

──過去に津波に予測システムは存在しなかったのでしょうか?

リアルタイムで得られる地震情報に基づいて予測するような技術というのはなかったですね。

──実現するにあたって、どんな乗り越えなければならないポイントがあったのでしょう

津波の予測をするためには、海面の盛り上がりを予測するために断層破壊による海底の地盤変動のモデルを考えないといけません。
海面の地盤変動を求める仕組みを作ることが、1番目の課題でした。

2番目は「津波の計算をリアルタイムでやるためにはどうすればいいか」でした。通常大学のワークステーションというコンピューターだと、数日かかるのでリアルタイムで予測はできません。この解決に、スーパーコンピューターを採用しました。且つ災害がいつ起きてもできるように運用方法を見直し、全自動で予測できるようにしました。

3番目は、津波被害関数という、津波の浸水程度によって被害がどれぐらいになるかという予測式を構築することでした。例えば2メートル浸かったら何%の建物に被害が出るか、3メートルだったらどうなるかを予測するモデルを作り、量的に被害を把握できるようになりました。
津波のシミュレーション自体は水の運動から求められますが、水の運動からどう被害に結びつけるか様々な課題がありました。これは東日本大震災の経験則が活きていると思います。

図1 システムの特長

──スパコンの全自動化、これは常に起動状態になっていて、地震が起きた場合にはすぐに人を介さずに計算ができる状況を作られているということですか?

スパコンは常にこのシステムのために待機しているわけではありません。通常は、大学の様々な研究のためにスーパーコンピューターは、ほぼ100%に近い状態で稼働しています。我々は、発災時にその走っているプログラムを一時停止して、津波予測に必要な計算を優先し、終了したら一時停止したプログラムを再度動かすという運用方法です。これをディザスターモードと言っており、これを全自動でやる方法を開発したということです。

図2 利用中のスーパーコンピューター(資料提供:日本電気株式会社)

──緊急度の高いシミュレーションを優先かつ自動で扱う仕組みを実装したということですね。

はい。それができるのが我々の東北大学と大阪大学のスーパーコンピューターだけです。有事に大量のコンピューターリソースを活用できる仕組みが、我々の売りです。
リアルタイムでスーパーコンピューターを使って全自動でシミュレーションが出来る仕組みで、特許を3件保有しています。

──実際に稼働したのは2017年ですか?

本格稼働は2018年3月です。2017年の11月から試験運用ということでやっていました。

──これは先日起きた地震(2021年2月13日の福島沖の地震)の際にも稼働していたということですか?

現在の予測エリアは茨城県以南ですので、公式には稼働していませんでした。2021年4月からは九州から北海道までの太平洋岸全体まで予測範囲が広がるので、もしそのときに2月13日の福島沖地震が発生していたら稼働していたはずです。本システムは、マグニチュード7以上の震源が浅い地震,または気象庁から津波注意報が出たら自動で稼働するように設定しています。今回は、津波注意報は発令されませんでした。

──たくさんの企業や関係者の方々が協力してプロジェクトを進めてきたということですが、越村先生の立場役割について教えてください

まずは,プロジェクト全体の目標やビジョンを定めて,全体を統括することです.私地震の専門としては,津波浸水予測モデルと被害予測モデルの開発です。プロジェクトは計算機工学、地球物理学の研究者と取り組んでいます。断層モデルを考えてもらうのは地球物理学の先生のノウハウがあるからできるのです。スーパーコンピューターでの運営方法や高速化するためにどうすればいいかというのは計算機工学の研究分野です。

図3 リアルタイム津波浸水予測 イメージ (資料提供:株式会社RTi-cast)

──プロジェクトを進めていく上で成功の秘訣みたいなことはありますか?

目標をきちんとクリアにしてそれを全員で共有していたというところが1番大きいかなと思いますね。我々の思いはリアルタイムで被害を予測するような技術を実用化しようということで、最初に「トリプル10チャレンジ」というキャンペーンを定めました。10分以内に津波の発生予測をして10分以内に10メートルメッシュ*の浸水予測をするというチャレンジをみんなで共有してその目標に向かって皆で一緒に頑張りました。
*対象エリアを10m四方のエリアごとに浸水予測をする

図4 建物被害予測イメージ (資料提供:株式会社RTi-cast)

──津波予測について具体的に教えてください。

2011年の地震時は、津波発生時に地震計の針が振り切れて正しいデータが取得できない課題がありました※。そのため、地震計のデータでなくGPSのデータを利用しています。国土地理院が1秒ごとに観測している地殻変動の情報をリアルタイムに受け取っています。地殻変動の情報は、地盤がどう動いたかと変位が取得できます。位置情報の微細な変化データなので、センサーが振り切れるような課題は発生しません。
※現在は気象庁が振り切れない広帯域地震計を設置しているのでこの問題は解決されました

──GPSで地盤の位置を予測するというのはGPSの信号をやり取りするような調査点がたくさんあるということですか?

そうです。国土地理院で電子基準点約1300点について取得しています。

──それは海底面にも存在するのですか?

リアルタイムで得られるのは今のところ陸だけで、残念ながら海底面はありません。現在は、陸のデータから海底面の変動を推定しています。今後、海底面のデータを取得する計画が国で検討されています。

──これまでの地震の中で予測モデルの内容を検証したり、改善したりしたようなことがあればお聞かせください。

このシステムの予測精度は、過去の震災のデータから検証済みです。東北大学の津波予測プログラムは世界でも標準的なもので、精度の検証は世界中の研究者が行っています.我々はそれを改良して使っているので検証自体は全く問題ありません。

──このシステムのデータは、発災時に内閣府に通知されると聞いています。どういった利用が想定されていますか?

災害発生時の初動対応の参考情報として使われます。内閣府には30分以内に予測結果を配信します。国の対策本部が自動的に立ち上がり、対策本部を開催するときにちゃんと予測した資料を配布してもらう狙いがあるためです。
高知県にも提供していますが、先ほど同様、第一回の本部会議で、どこでどれくらい建物に被害があるか、どれぐらいの被災者が出るかを説明できるところに大きな価値があるのです。

──内閣府から自治体や国民にデータは提供されるのですか?

リアルタイムでの情報配信は、気象業務法に抵触するため内閣府が配布するということはできません。RTi-castが内閣府に直接提供することは業務法に抵触しないのですが、不特定多数の方に予測結果をリアルタイムで公表するには別途認可取得が必要です。
自治体向けには,現在高知県で試験運用しており、協定範囲で情報提供、情報配信させてもらっています。

写真1 高知県庁での災害対応訓練

──今後も各自治体も増えていくという形ですかね?

そうしたいと思っています。

──企業向けに予測、予報データ配信はやられているのですか?

はい。企業向けにも情報配信をやっています。
詳しくはお話しできませんが、保険業界や公共インフラ業界の企業とやりとりしています。

──この技術を世界的に広めていくというところに対して越村先生としてはどのようにお考えですか?

まだ海外で採用されたという事例はなく、そこをどう突破していけばいいかを日々考えています。私自身、JICAの専門家として南米の津波対策に関わり、津波の予測技術の移転に取り組んでいます。その後で、システム導入の可能性がありますが、海外のシステムを導入する上では、人材育成とか技術移転も含めた対応が必要だと考えています。

──すでに日本で確立している技術ですが、教育や技術移転以外の課題はありますか?

リアルタイムのGPSデータやスーパーコンピューターなど、インフラ面の差があります。
精度とトレードオフになりますが、例えばスーパーコンピューターがない国や使えなければクラウドで対応、地殻変動のGPSがなければ世界中で使われている地震の情報を使うなど、できうる内容でメニュー化しています。

──今後のプロジェクトやシステムの見通しはどのようにお考えですか?

システムをネーションワイド(国全域で適用)にするというのが短期目標です。
今年の4月からは九州から北海道の太平洋側はカバーできるようになるのですが、日本海側が手付かずなので日本海側もちゃんと予測できるようしていきたいです。
長期的には被害を「予測」するだけじゃなく、命を救うためのシステムとして、浸水「予報」を実現したいです。結構遠い道のりですけど、そういう方向性を描いています。

──浸水予報とは?

いつ津波が来ますよっていうことを一般の方々に予報としてお知らせするということです。個人個人が避難するための情報としてそれが使えるように。

写真2 越村先生 近影

──世界全域で浸水予報のサービスが、受けられる未来が来そうですね。これからのご活躍を楽しみにしています。ありがとうございました!

大屋 誠

大屋 誠

クラウドサービス開発や新規事業のR&Dを経て、現在はヤフーにてデータ コンサルティング事業に従事。 事業開発や国内外の技術評価の経験を活かし、アシタネプロジェクトに参画。技術やサービスのキュレーションや、人材教育支援のプログラム開発に従事。東京から福岡に生活拠点を移し、週末は養鶏や農業など楽しむ。